第九十話 昼食 ー人間兵器・人たらしー
炎の最高位、と呼ばれるサラ・ブランホードは、強気な発言と派手な顔立ち、そして露出度の高い服装を好むことから勘違いされやすいが――とても純情な乙女だ。
そんな彼女がなんと、あの騎士団長レイドと昼食に行くと言う。
サラは顔を真っ赤にしてクロトに懇願した。
「着いてきてよ、おねがい」
そんな愛らしいお願いを断るほど、クロトの心は冷酷ではない。
でも、二人の席にクロトがのこのこ座るのも珍妙だ。
グリズリッドに相談してみる。
興味のなさそうな顔で彼は言う。
「変装でもして違う席に座ってればいい」
でも、女性が一人で座っていたら目立つのではないだろうか。
そう言うと、本当に心底興味がない顔で彼は言った。
「男装すればいいだろう」
それは名案。
クロトは栗色のショートカットのかつらを被り、中級魔導士の緑のローブを纏う。
化粧を取って胸を潰せば、少年魔導士に見えなくもない。
「……ここですね」
王宮の喧騒から少し離れた路地裏に店を構える、洋食屋《雨のくじら亭》。
ここは王都の住人なら誰もが一度は口にしたことがあるという、家庭的な煮込み料理とふかふかのパンが自慢の店らしい。
ここで、クロトははたと気づく。
生まれてこのかたデートというものをしたことがない。
グリズリッドと肩を並べて街を歩いたことは……視察しかない。
「何名様ですか?」
「うひゃい」
慌てすぎて変な声が出た。
「い、一名です」
出せる限りの低い声でクロトは答える。
「はあい、一名様ね。お好きな席どうぞお」
クロトは緑のローブのフードを目深に被り、二人の席を探した。
――いた。
窓辺の席。
赤い髪のサラと、橙色の髪のレイドはすぐに見つけることができた。
クロトは気配を消しながら、その斜め隣の席に腰掛ける。
「炎の最高位殿は、嫌いな食べ物はありますか?」
レイドは柔らかく微笑んだ。
その笑みは戦場で部下を鼓舞するときのものとはまるで違う。穏やかで、隙がなく、そして誠実だ。
「その、炎の最高位ってやめてよ」
むくれた顔をしたサラは、唇を尖らせた。
すこし思案して、レイドは口を開く。
「じゃあ……サラ?」
サラは視線を逸らす。
耳まで真っ赤だ。
いきなり呼び捨て。すごい。
自然だし、いやらしさがない。
「今日はいつもと雰囲気が違うんですねえ」
「えっ」
いつも最高位魔導士の制服を着崩し、乳房をばいんばいん言わせているサラの服装が今日はおとなしめだ。
デート仕様なのだろう。
淡いピンクのミニ丈のワンピース。
豊かな胸元はボウタイのリボンで清楚に隠されている。
「変?」
心配そうに眉根を寄せるサラに、レイドは微笑む。
「私は今日の方が好きですねえ」
――好きです。
サラの肩が跳ねる。
視線が泳ぐ。
水を飲もうとしてグラスを取り落としかける。
天然だ。
計算の匂いが一切ない。
騎士団長レイド・ガーナード。
戦場ですら軽薄なのに、日常では兵器。
「き、騎士団長、これ」
「あーありがとうございます。良かったのに、こんなもの」
借りたハンカチを律儀に返すサラに、レイドが微笑む。
そして徐にレイドは手を上げた。
店員にもにこやかで丁寧だ。
これもポイント高い。
「あ、あと」
ひとしきり注文し終わった後に、レイドは小さな声で言う。
「ひざ掛けいただけますか?」
ひざ掛け……!!
すごい。
こんなに手厚いのか、レイド・ガーナード。
気遣いの鬼だ。
「緊張してます?」
レイドが首を傾げる。
「手、少し冷たいですよ」
さらりと指先に触れた。
……触れた。
サラの思考が停止している。
クロトは水を一口飲む。
冷静に状況を整理しよう。
これはデートではない。
これは、一方的制圧だ。
炎の最高位が、完全に焼かれている。
注文を終え、料理が運ばれてくる。
レイドは自然にサラの皿を引き寄せ、ナイフを持つ。
「切りましょうか」
「じっ、自分でやるわよ!」
「遠慮しないでください」
そして柔らかく微笑む。
とどめだ。
サラはもうほとんど死んでいる。
見ていられない。
いや、ここは見守るべきだ。
友人として。
上司として。
そのときだった。
レイドがふとこちらを見た。
ほんの一瞬。
視線が、合う。
気のせいだろうか。
いや、一瞬だけ彼の口元が緩んだ気がした。
クロトはフードを深く被り直す。
食事が終わり、サラがまだへろへろしている頃。
「少し失礼します」
レイドが立ち上がった。
去っていく背中。
ああ、花でも摘みに行くのかしら。
クロトはほっと息をつく。
今のうちに立ち去ろう。
立ちかけたクロトのテーブルに、影が落ちる。
「ずっと思ってたんですけど」
「ひゃう」
声をかけられ、肩が弾む。
顔を上げると、鳶色の瞳がまっすぐにクロトを射抜いた。
「何してるんです? 妃殿下」
思考が止まる。
クロトは無言でフードを押さえた。
「まさか変装してるおつもりで?」
レイドの口元がわずかに緩む。
クロトは小さく息を吐く。
「……ナンノコトデスカ」
クロトはしらを切ろうとする。
「妃殿下ほどの美人は、なかなか隠れるのは難しいですよ?」
クロトは言葉を失い、レイドを愕然と見上げる。
この男にとっては、花が綺麗だとか、剣の筋が良いとか、その程度の事実の羅列に過ぎないのだろう。
そして理解する。
この男は、無自覚で。
全方位に、強い。
――タチが悪い。




