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第八十七話 打破 ー白銀の閃光ー

 白い閃光が、一直線に三人を貫こうと走る。

 反応したのはレイドだった。


「来ます! 伏せて!!」


 叫ぶより早く、レイドがサラとクロトを抱えるように押し倒す。


 熱風が頬を裂く。

 クロトは咄嗟に片手を掲げ、防御術式を展開した。


「……っ」


 だが魔力が足りない。

 薄い障壁は数秒ともたず、亀裂を走らせる。


 その瞬間。


 白銀の剣閃が、障壁の隙間を縫って走った。


 キィン――と、耳を劈く甲高い音。

 聖光が斬り裂かれ、霧散する。


「……グリズリッド」


 レイドがぽつりとその人の名を呟いたのが聞こえた。


 崩れた聖堂の入口。

 逆光の中に濃紺の外套が翻った。


 深い青の瞳は、冷え切るほど静かだ。

 だが、その奥で燃える感情だけは隠しきれていない。


 グリズリッドは、瓦礫を踏み越えながらクロトを見る。


「迎えに来た」


 短い言葉だった。

 けれど、その一言だけで。

 胸の奥に張り詰めていた何かが、ふっと緩む。


「これはこれは、王太子殿下。随分早いご到着で」

「黙れ」


 間髪入れず返された声に、聖堂の空気が震える。


 グリズリッドは剣を構える。

 白銀の刀身に、膨大な聖力が絡みつく。


 クロトは息を呑んだ。


 ――聖力の密度が、違う。


 継承以前とは比較にならない。

 まるで聖石そのものを人の形に押し込めたような圧力。


 公爵の目が愉悦に細められる。


「素晴らしいですね……やはり成功していましたか」

「成功?」


 グリズリッドは嗤った。

 ぞっとするほど冷たい笑みだった。


「いや、どうでもいい」


 公爵は両腕を広げる。


「王国はようやく完成へ至る。聖女と王家、アッサラートの血、その融合――」

「聞こえなかったのか」


 一歩。

 グリズリッドが前へ出る。


「黙れ」


 聖力が爆ぜる。

 床一面に白銀の紋様が走り、聖堂そのものが悲鳴を上げた。


 聖力の制御が荒い。

 違う。

 怒りによる乱れ。


 グリズリッドが、ここまで露骨に感情を剥き出しにするのを、クロトは初めて見た。


 白銀の剣が、ゆっくり持ち上がる。


 瞬間。

 公爵の周囲に幾重もの聖術式が展開された。

 

 光の槍。

 拘束陣。

 結界。


 同時展開。

 常人なら視認すらできない速度だ。


「遅い」


 白銀の閃光が、世界を断ち切る。


 轟音と共に聖堂の空間そのものが捻じ曲がり、展開された術式が一瞬で両断された。


「な……」


 公爵の顔から、初めて笑みが消える。

 グリズリッドは止まらない。


 剣を振るうたび、聖力が暴風となって荒れ狂う。

 圧倒的。

 もはや人の戦いではない。


 その姿を見ながら、クロトは理解した。

 全部、彼に収束したということを。


 

 次の瞬間。

 公爵の身体が大きく後方へ弾き飛ばされていた。


 石床を砕きながら滑り、聖堂の壁へ叩きつけられる。


「…… っ、な……」


 声が遅れて零れる。

 公爵ですら何が起きたのか、理解が追いついていない。


 気づけば。

 喉元に、白銀の剣。

 

「ひとつ聞く」

 

 グリズリッドは公爵を見下ろし、静かな声音で問う。


「クロトをなんだと思っている」


 公爵は喉を鳴らし、湿った音ともに血を吐いた。


「娘だ」


 その答えに、クロトの指先がわずかに震える。


「だからこそ育てた。磨き、価値を与えたのだ」


 グリズリッドの瞳から、温度が消えた。

 公爵は血を吐きながら肩を揺らして笑う。


「使い道のない無価値――」

 

 グリズリッドは静かに公爵の胸元を掴み上げると、一切の躊躇なくその右腕を取った。

 

 一瞬の静止。

 

 ベキッ、という湿った鈍い音が、聖堂の天井まで突き抜けた。

 

「ぐああぁぁぁっ……!!」

 

 公爵の顔が苦悶に歪み、膝が折れる。

 グリズリッドはその耳元で、死神のように淡々と告げた。

 

「抵抗するな。肩の関節は複雑だ。……次は、砕く」



 

 背後に控えていた騎士たちへ「連れて行け」と短く命じると、グリズリッドはクロトへとすぐに視線を移した。

 クロトは駆け寄るグリズリッドに手を差し出す。


「……すまない、父親に」


 クロトの手を取り、グリズリッドは目を逸らして項垂れた。しょんぼりする軍用犬に見えて、クロトは笑った。


「お気になさらず。それよりレイドが大変です」


 グリズリッドは言われて初めてレイドを見やる。

 全身火傷だらけの騎士団長が、横たわりながら睨め付けていた。


「……視界に入れていただき光栄です。……殿下」


 グリズリッドは鼻で笑う。


「元気そうだな」


 そして、置いて行った少年魔導士に振り返った。


「……あいつは体力がなさすぎる」


 目を細めたグリズリッドの言葉に、クロトは吹き出す。


「フェイ君は移動魔導に頼りすぎですね」


 王宮や神殿などの政治的に重要な建物内は、移動魔導を禁じられていることが多い。

 それにしても走るのも遅く、なかなかやって来ない。


「ちょっと! 天才くん! 早く来なさいよ!」


 痺れを切らしたサラが金切り声でぎゃんぎゃん叫んだ。

 フェイは肩で息をしながら嫌な顔をする。


「えらっそうに……」


 ぶつぶつ言いながら、汗だくのフェイはレイドを見下ろす。


「ちょっと! これ、あなたの魔導じゃないですか!」


 菫の色の瞳を剥いて、フェイは声を荒げた。


「うるさいわね! 早く治しなさいよ!」


 涙目で怒鳴ったサラに、フェイは息を吐く。


「人に物を頼む態度じゃ……」

「フェイ殿」


 消え入りそうな声で名を呼ばれ、フェイは動きを止めた。


「……早く」


 サラにハンカチを差し出したところで、レイドが意識を手放す。フェイが息を呑むと、どたどたと大勢の足音が聞こえた。

 教会の白魔導士たちだ。


「教皇様のご指示で参りました」

「レイド卿をお預かりいたします」


 有無を言わさず、レイドは白い塊に連れて行かれてしまった。


「ちょっと! あんたたちじゃ治せないって!」


 サラが白魔導士たちを追う。

 フェイがため息を吐く。


「……僕も行ってきます」


 ぽつんと残された王太子夫妻は、しばらく彼らの背を見送って、そして笑った。


「賑やかになりましたね」


 その言葉に、グリズリッドが笑う。

 クロトの膝裏に腕を通し、軽々と横抱きにした。

 

「わ」


 クロトの頬が熱を帯びる。

 

「……重くないですか」


 居心地悪そうに小さく身じろぎしたクロトに、グリズリッドは前を見たまま笑った。

 

「同じことを何度も聞くな」

 

 そう断じると、一度も振り返ることなく塵の舞う聖堂の出口へと歩き出した。

 背後の捕縛された公爵の呻き声と、騎士たちの無機質な足音が遠ざかっていく。

 

 クロトは、自分を支える腕の強さに身を任せ、そっと目を閉じた。

 焦げたラベンダーの匂いはいつの間にか消え、グリズリッドの纏うシダーウッドが鼻をくすぐる。

 

 崩れ落ちた聖域に、ようやく静寂が訪れる。

 王都の空には、嵐のあとのひどく透き通った青が広がっていた。

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