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第八十六話 共闘 ー欠けたもの同士ー

 砕け散った水晶の破片が、床に虚しく転がっている。

 暴走した聖光は、聖堂の高みに吸い込まれるように消え、あとには白く濁った粉塵と、焦げたラベンダーの匂いだけが漂っていた。

 

 土埃の向こうで、ひとつの影が不気味にゆらりと揺れる。

 満身創痍のはずの公爵が、ゆっくりと立ち上がった。

 彼は口元の血を親指で乱暴に拭い、砕けた水晶を踏みしめる。

 じゃり、と乾いた音が聖堂に響いた。

 

「……その程度の魔力で、魔導士たちを統べるだけはある」

 

 声は掠れているが、狂気は微塵も揺らいでいない。

 

「人が、神に牙を剥くか。……だが、それこそが完成の証明だ」

 

 粉塵の中で、明るい青の瞳だけが異様に澄んでいる。

 彼は崩れたステンドグラスから差し込む白光を背負い、まるで殉教者のような微笑を浮かべた。

 

 ――まだ終わっていない。


 次の攻撃が来る。

 でも、クロトはこれ以上動けそうにない。

 軽く唇を噛む。

 

 考えろ。

 どうすれば残り少ない魔力でこの男を倒せる。

 考えながら、呟く。


「魔導、展開」


 その瞬間。

 乾いた破裂音と共に爆炎が、聖堂の空気を裂いた。

 公爵の足元に、鋭く抉れた石片が弾け飛ぶ。


「……ごめん、遅れた!」


 はっきりと、よく通る声。

 土埃の向こうから現れたのは、燃えるような赤髪を靡かせたサラだった。

 思わず笑みが溢れる。


「すでに私は魔導切れです」


 サラは笑う。


「はいはい、じゃあ隠居してて?」


 サラが右手をひらひらと振ると、足元にすでに魔法陣が展開される。

 術式展開が異様に早い。


「へえ、クロトパパ。そっくりじゃん、イケオジ?」


 黄金の瞳が煌めく。


「初めましてだけど、燃えてもらうわよッ!」

 

 爆炎が柱を舐め、聖堂を赤く染め上げる。

 荒々しい。だが狙いは正確だ。逃げ場を削り、熱で押し潰す。

 

 ――強い。

 

 だが。

 

「サラ! 出力を落として」


 クロトの言葉に、サラは不機嫌そうに眉を顰めた。

 

「は? まだ始まったばかり――」

「引きずられています!」


 引きずられる?

 何が?

 

 首を傾げたサラがその言葉の意味を理解するより早く。

 魔力の流れが歪んだ。

 違和感で、サラの動きがぴたりと止まる。

 次の瞬間、制御下にあったはずの炎が彼女の意志を拒絶するように膨れ上がった。

 

「っ、なにこれ……制御、効かない……!」


 一瞬公爵の魔力と共鳴する。

 ぞわりと死神に背筋をなぞられたような悪寒が走った。

 

 体内の熱量が跳ね上がる。彼女の魔導式から生み出される炎は、彼女の魔力を燃料として、別の意志に従って暴走し始めた。

 炎はとぐろを巻いて無数の赤い竜巻をなり聖堂を破壊していく。

 明らかに、これはサラの魔導ではない。

 サラ自身が一番、自らの手から生まれたものを、理解できていなかった。


「火は、美しい。……だが、制御を失えば、ただの災害となる。そして、人は災害には抗えない」

「……っ、うるさい! このまま焼き切ってやるわよ!!」


 公爵は笑う。


「それはどうかな」


 無数の赤い竜巻が術者に跳ね返る。


 クロトが目を細めた。

 先ほどの術をやり返された。

 急いで立ち上がるも足元がふらつく。


「サラ……! 止まって」


 暴走した炎が弾けた。

 暴走した魔導は、術者の動きと完全に同期している。


 サラが必死で魔導を止めようともがくほど、火力が増していく。


「……っ!!」


 黄金の瞳が赤く染まった、そのとき。

 腕が強く引かれた。

 皮膚が焼ける音がした。

 それでも指の力は、微塵も緩まない。


 誰?


「魔導は分からない。でも人は止められます」


 サラは弾かれたように声の方を向く。

 橙色の髪が熱風で強く煽られている。


「な……っ!」


 サラの黄金の瞳が見開かれた。


「騎士団長……っ!?」


 やめて、とサラは何度も首を横に振る。

 目尻が甘く垂れた鳶色の瞳が、一度サラを見る。


「大丈夫……じゃないですけど、大丈夫です。……サラさん」


 すぐにクロトに向き直る。


()()()殿()お! ちょっと急いでくださーい」


 いつもののんびりした口調が心なしか切迫する。

 昔の呼び方で呼ばれ、クロトは思わず口元だけ笑ってしまう。


「無茶言わないで、()()()()()


 長衣を踏み、バランスを崩しかけながら駆け寄ったクロトがサラの腕を掴み魔導を制御する。

 

「サラ、動かないで」

「クロト!?」

 

 駆け寄り、その腕を掴む。

 

 ――熱い。

 

 暴走した魔力が、皮膚越しに暴れている。

 

「まったく、昔っから魔導制御が下手なんですから」

 

 細く、細く。

 糸のように魔力を差し込む。

 

 乱れた流れを、なぞる。

 押さえ込まない。否定しない。

 

「……っ、あ……」

 

 サラの呼吸が、わずかに整う。

 暴れていた炎が、収束を始めた。

 

 レイドが一歩引く。焼け焦げた匂いが、遅れて立ち上った。

 炎は弾けず、ただ静かに揺らぐ。

 

「……なるほど」

 

 その様子を公爵は興味深そうに見下ろしていた。

 

「不完全な者同士で、群がるか」

 

 公爵の青の瞳は、未だ揺るがない。

 次の瞬間、白い閃光が疾った。

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