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第八十三話 自白 ー聖女制度ー

 この老人の言うことは――グリズリッドが危惧していた通りだった。


 王宮の地下書庫に籠もり、埃にまみれた文献を片っ端から洗った。そこに記されていたのは、理路整然と並べられた国家政策の正当性と、光り輝く王国の歩みばかり。記録からは、不都合な影は執拗なまでに削ぎ落とされていたのだ。


 一度目を閉じる。

 これまで見てきた王国の正義が音を立てて崩れていく。


「つまり、貴方は王国がアッサラートの力を恐れ、力の源である聖石を包括し、不要になったアッサラート一族の人間を排除しようとしていると」


 グリズリッドの問いには答えず、老人は菫色の瞳で見つめ返す。

 

「殿下は、聖女制度の真の目的がどこにあるとお考えですか?」

 

 答えられない。

 ずっと、それを探していたはずだった。

 美談の裏に隠された違和感の正体を。だが、どれほど手を伸ばしても、その核心にだけは指が届かなかった。

 

「聖女制度には、幾重にも及ぶ悍ましい仕掛けが施されています」

 

 グリズリッドの心の内を見透かしたように、答えを待たずに老人は口を開く。


「ひとつは、各地に潜伏するアッサラートの血を引く娘を炙り出すための装置。教会はそれを『魂の器』などと神聖な名で呼びますが、実態はただの選別だ。……聖力の行使は、人の心臓に過度な負担を強いる。魔力の乏しい娘が聖女に選ばれれば、その身は瞬く間に焼き切れて死ぬ」


 菫の瞳に悲哀の色が満ちていく。


「聖女制度とは、公式に、かつ合法的にアッサラートの娘を処刑するための処刑場なのです。そしてもうひとつ。聖女候補に選ばれながらも生き残った娘たちは、貴族の家々へ嫁がせ、強制的にその血を薄め、王国の管理下に組み込むための苗床とされた」

 

 なるほど、あまりに合理的で、無駄がない。

 しかし――あまりに非人道的だ。


「聖石は、アッサラートの人間にしか聖力をもたらさないのです」

 

 神の慈悲を説く教会の足元で、これほどまでの惨劇が制度として運用されていたとは。

 

「アッサラートではないのに聖女となったのは――二人」


 グリズリッドの心臓が小さく跳ねる。


「ナシェル様と、妃殿下です」


 二人の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「国王陛下も教会も、特に妃殿下を聖女に仕立て上げたくて仕方がなかった。彼女は生まれながらに、稀有なほど多量の魔力を有して生まれてきたからです。

幼い頃の彼女には、アッサラートの血が何度も、執拗に輸血されました。同じように強い魔力を持つ子どもが集められ、同様の実験が繰り返された。激痛を伴う地獄のような適合試験を生き延びたのは、彼女だけでした」


 老人は薄い菫の瞳をグリズリッドに向ける。

 

「多量の魔力は、多量の聖力を産みます」

「聖石の力を吸わせるために聖女にさせたのか」

 

 グリズリッドの声は、自分でも驚くほど冷え切っていた。

 

「その通りです。妃殿下に聖石の力を定着させ、完全制御下に置く。そうすれば――王国独自の、意思を持った人間兵器が出来上がる」

「じゃあ、ナシェルは……?」


 残酷な予感がグリズリッドを支配する。


「ナシェル様は言うなれば、妃殿下を完成させるための試作品でした。適合率は低く、聖力の保持も不安定だった。しかしそのデータが、妃殿下の実験を成功させるための礎となったのです」

 

 重苦しい沈黙が、鉛のように書庫の床に溜まっていく。

 老人は深い後悔を滲ませ、視線を伏せた。

 

「……すべては、私の罪です」

「どういう意味だ」

 

 老人はしばらく答えなかった。

 だが、その沈黙の長さこそが、何よりも雄弁に過去を語っていた。

 

「……王国という外側の人間が、なぜ本来扱えるはずのないアッサラートの血を、これほどまでに精緻に制御できたと思いますか」

 

 背筋を冷たい蛇が這い上がるような戦慄が走った。

 

「……その方法を教えたのは……私だからです」

 

 グリズリッドの背後で、フェイが短く息を呑む音が聞こえた。

 菫色の瞳が、驚愕に大きく見開かれる。

 

「……仲間を、自分の一族を差し出したってこと?」

 

 老人は瞼を閉じ、逃れるように首を垂れた。

 

「そうだ。……だが、従わなければ、アッサラートはあの時点で根絶やしにされていた。滅びを先延ばしにするために、私は同族の魂を売ったのだ」

 

 一拍の、死のように深い静寂。

 

「しかし、貴方が彼女から聖力を継承したことで、王国は思わぬ形で最強の力を保持することになった。今頃どう貴方を利用しようかさまざまな方面の人間が画策していることでしょう」

「……俺にこの話をして、処罰されるとは思わなかったのか?」

 

 老人は、自嘲気味に薄く笑った。

 

「もちろん考えましたよ。ですが、その時はその時。もはや真実を語るに足る人物は、殿下、貴方をおいて他にいない」

 

 この国は、聖女――いや、アッサラートの人間たちの血で塗り固められている。

 

 グリズリッドの頭の中で点と線が、血塗られた一本の道となって繋がった。

 王国、教会、聖女、そしてクロト。

 すべてが繋がった。

 

 静寂を切り裂くように、執務室の伝令兵が、肩を上下させ、なりふり構わず魔導士の塔へ駆け込んできた。

 

「――殿下! 王太子殿下に申し上げます! 王太子妃殿下が……!!」

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