第八十二話 見舞 ー少年の気付きー
時間通りに執務室の扉は叩かれた。
寸分の狂いなく現れるのは、実にあの少年らしいとグリズリッドは思う。
「失礼いたします」
声変わり仕立ての青臭さの残る銀髪の少年は、部屋に入るなり眉を顰めた。
「……あれ?」
何やら言い淀んだので、目線を上げる。
菫色の瞳が真っ直ぐグリズリッドを捉える。
「なんか、雰囲気変わりました?」
小首を傾げた少年の言葉に興味をなくし、グリズリッドは目線を資料に戻した。
「……余裕?」
少年魔導士フェイの呟きは抽象的で、的を射ない。
「まあ、良いんじゃないですか」
「そう」
相変わらず小生意気な彼の言葉を適当に流しながら、グリズリッドは椅子から立ち上がり外套を手に取る。
「魔導具屋の店主は、お前の育ての親だと聞いた」
話を変えたグリズリッドに、フェイは少年らしくきょとんと目を丸くした。
「あ、はい」
「命が助かって良かったな」
すこし驚いたようにフェイの菫色の瞳が揺れる。
「……はい」
「双子の弟の消息は?」
聞かれ、フェイの顔が強張る。
「まだ、掴めていません――ですが……」
フェイは一瞬視線を落とす。
「襲撃の手口が、妙なんです」
グリズリッドは目を細める。
「教会の人間が絡んでいるのはもはや決定的ですが……」
少年は薄い唇を引き結ぶ。
「教会だけでは、あそこまで綺麗にはできない」
グリズリッドは目を細める。
少年は冷静を装っているが、指先だけが白くなるほど強く握られていた。
「具体的には?」
「人の動き……封鎖の速さ、証拠の消え方、報告経路の整理……」
淡々と並べる声音は冷静だ。
「王宮内部の許可か、黙認がなければ不可能です」
静かに言い切る。その瞳に、一瞬だけ揺れるような色が混じった。
「……イヴは、自分で何も決められないんです」
唐突に漏れた呟きに、グリズリッドは外套に腕を通した格好で動きを止め、フェイを見やる。
「あいつは、ただの人質として教会に……。誰かに、攫われたんだ」
フェイは自分の腕を強く掴んだ。冷静な魔導士から、弟を想う兄の顔が覗く。
「王宮内で手引きしているのは誰だと思う」
「わかりません」
フェイは間髪入れずに即答する。
「ですが、少なくとも現場の司祭の判断ではない……気がします」
そこでようやく、フェイはわずかに目を細める。
「すみません、まだ憶測の域を出ません」
グリズリッドは小さく笑う。
「魔導士たちはもう少し報告を密にした方が良い。事実だけを述べていては初動が遅れる」
フェイはぱちぱちと何度か瞬きをした。
「魔導士長殿に提言しておいた」
「……そう、ですか」
むっとむくれたフェイは小走りで後ろから付いて来た。
魔導士の塔の一角に、彼は匿われていた。
床には魔法陣が展開され、その上に寝台が置かれている。
力無く横たわるのは白い髭を胸元まで長く伸ばした老人。
「じいさん、来たよ」
フェイはぶっきらぼうにそう声かけると、ぱたぱたと動いて老人の額に乗る布を取り替えたり、部屋の換気をしたりと甲斐甲斐しく世話を始めた。
「どうぞ」
寝台の横に椅子を差し出される。
グリズリッドは勧められるがまま老人の眠る寝台へ近づいた。
わずかに老人の目が開く。
ぼんやりとした様子でしばらく緩慢な瞬きをし、視線がグリズリッドに移る。
「……驚いた」
ゆっくりとした口調で老人は言う。
「オリヴィアに瓜二つだな」
ひさしぶりにその名前を聞いて、グリズリッドは息を呑む。
「母上を知っているのか」
老人は眩しいものを見るように目を細めた。
「綺麗な娘だった。息子夫婦の自慢の娘だったよ」
グリズリッドとフェイは顔を見合わせる。
「え?」
そして、フェイは目を見開いて老人を見やる。
「はじめまして、王太子殿下」
老人が無理に上体を起こそうとしたので、グリズリッドはそれを止める。
「あなたは母の、祖父君ということか?」
グリズリッドの問いに、老人は頷く。
「作用。貴方の曽祖父にあたる」
「なんでそんな大事なこと言わないんだよ!?」
涙目でフェイが怒鳴る。
「言わないさ。もっと早くに殺されてた」
納得したのか、フェイは黙り込んだ。
「さて、王太子殿下。何を話そうか」
グリズリッドは思考を巡らせる。
「……アッサラート一族は最も神に近しい一族。聖力と魔力、その両方を制御し、聖石という力の塊を所有する存在だと聞いた。王国はアッサラートを保護し、王都周辺に配置した――この認識は合っているか?」
老人は力なく、だが明確に首を縦に振った。
「合ってますよ。表向きはね」
老人は目を細める。
「現国王陛下は、アッサラートがこの国の真の支配者になることを何よりも恐れた。……だから、保護という名目で、我らを王宮の檻に取り込んだのです」
確かに、王国を統一してすぐに首長は亡くなっている。
「アッサラートの血は、この大地に眠る魔導の源泉を直接操ることができる。もし我らがその気になれば、王宮など一夜で灰にできたでしょう。……陛下はそれを防ぐために、一族の娘たちを次々と貴族や王族に嫁がせ、血を薄め、管理下に置いた」
老人の瞳に、深い悔恨の色が浮かぶ。
「貴方の母君、オリヴィアが王宮へ召し上げられたのも、愛ゆえではない。アッサラートの強大な力を、王家の血筋に封じ込めるため」
――自分も人工聖女と大して変わらない。
グリズリッドは静かにそう結論付けた。




