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第八十話 不正 ーお前はお前だー

 こういう気分のときは、しっかり食べて、仕事をするに限る。

 

 自室に戻ったクロトは、仕事用に作った胸元だけ白のレースで切り替えのある黒い立ち襟のドレスに袖を通す。


 レフランは最高位魔導士の黒いローブを着ていたが、王太子妃でもあるクロトがあまりにラフな格好をするのもどうかということで、仕事用のシンプルなドレスを作ることにした。

 

 着るものに無頓着なため、グリズリッドと侍女長あたりに意見を聞いて作らせたものだ。

 

「本日のお食事はどちらに運びましょうか」


 着替えて出てきた彼女を控えていた侍女たちはこの機会を逃すまいと、やや切迫した様子で問う。


「私の執務室にお願いします」


 短くそれだけ言うと、クロトは足早に部屋を出て行った。



「……午前は休みだと聞いていましたが」


 執務室に報告書を置きに来ていたフェイは、クロトの姿を見て目を丸くする。


「何かわかったことは?」


 足早に横を通り過ぎ、机の椅子に体を預けたクロトに、フェイはわずかに頬を強張らせた。


「……なんか、怒ってますか?」

「べっつに……」


 珍しく不機嫌そうなクロトに、これ以上の追求は危険だと判断したフェイがおずおずと口を開く。


「逆位相の件、どう思いますか?」


 クロトは一度ゆっくりと瞬きをした。


「そもそも黒魔導は……私たち王国魔導士にとっては御伽話のようなものだった」


 思考を展開しながら話す。


「現実に黒魔導士という存在が現れたのは、ナシェルが亡くなって、魔導士たちが心臓を抉られて殺されるという事件が起きてから……」


 クロトは目を細めた。


「誰かが、ナシェルが黒魔導士に殺されたと言い出した」


 そしてフェイの菫色の瞳をまっすぐ見据える。


「前に聖石の仕組みを調べようと言ったのを覚えていますか?」


 フェイは導かれるように頷く。


「アッサラート、聖石、黒魔導、調べると線でひとつになるかも知れませんね」


 自分で口にしておきながら。

 その線がどこへ繋がるのかを想像して、クロトはわずかに息を止めた。


「フェイ君の問いの結論を言うと……黒魔導は、存在しないのではないかと考えています」

 

 フェイは表情を変えずに頷く。


「聖石の力を利用している誰かが、そう仕向けたのではないか。そして、その誰かは教会の中にいる」


 さらにその先は、どこまで続くのか。

 言葉にするのが恐ろしくなり、クロトは口を引き結んだ。



「王太子殿下、王太子妃殿下へ報告です」


 浮かない顔をしたレイドが、グリズリッドの執務室への入室と同時に口を開く。


「金の流れが……繋がりまして」


 報告を渋る様子のレイドに、グリズリッドは視線を上げる。

 

「聖力の研究助成金という名目で、王宮から教会に流れた金が、そのまま……ある貴族の個人口座に還流しています」


 グリズリッドは目を細める。

 

「どこだ」

「……クロンクヴィスト公爵家です」


 クロトは静かに息を呑む。

 

「クロンクヴィスト公爵家が金に困っている印象はないが……」


 グリズリッドはクロトを見やる。

 

「……私が実験体だったのは、クロンクヴィスト公爵家と教会の取引の一部、なのかも知れませんね」


 静かな声音で紡がれた言葉に、グリズリッドは眉根を寄せてレイドを見た。


「……資金が流れていた時期は」

「二回です。一度目は、十年以上前。二度目は……二年前」


 クロトは静かに視線を落とす。

 計算するように、頭の中で情報を並べる。

 

「私が聖女にされた時期と一致しますね」


 クロトは小さく呟く。


「その、十年以上前に実験が行われたのでしょう……たぶん、魔導学校に行く前」


 魔導学校は13歳で入学する。

 全寮制のため、在学中に拉致することはできないはずだ。


「女で魔力が高いのは無駄だと言っていたのに、随分な使い道を思い付かれたのですね」


 吐き捨てるようにクロトは言う。


「クロト」


 名を呼ばれ、そちらを向く。

 深い青の瞳が咎めるように見つめていた。


「推測で自分を貶めるな」


 クロトはグリズリッドを一度見て、静かに視線を下ろした。


「お前はお前だ」


 雑な慰めだった。

 クロトは目を点にする。


「殿下……」


 レイドは顔を顰めている。

 二人を順番に見比べて、クロトは笑った。


「確かに」


 ひとしきり笑って、クロトは改めて微笑んだ。


「私は私です」

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