第七十四話 研究 ー適合体の記録ー
「炎の最高位……!」
フェイに呼ばれた女は、にいと紅を引いた唇を横に引き笑う。
「サラ・ブランホードよ、君が噂の天才くんね」
そう言ってサラは顎を上げた。
「まあた怖そうな人が出てきた……」
魔導の炎はすぐに収まった。
焦げた匂いだけが通路に残る。
キメラだったものは、黒い塊になって崩れ落ちていた。
毛も、鱗も、異形の腕も、判別がつかない。
レイドが棍で残骸をつつく。
「ちょっとこれ燃えすぎですよ……」
炭化した肉片が崩れ、その下から硬いものが転がった。
小さな金属片。
焼け焦げながらも、刻印だけは残っている。
フェイが拾い上げる。
そこに刻まれていたのは、整然とした数字。
――被験体番号。
そして、微かに残る聖印。
フェイの指が、わずかに止まる。
「……管理個体」
サラが肩をすくめる。
「家畜みたいね」
レイドは何も言わずに、ただ焼け跡を見下ろす。
ちらりと目だけ動かしてサラを盗み見たフェイが口を開く。
「炎の最高位が、偶然いらっしゃったとは思えないのですが」
「え、炎の最高位って呼び続けるつもり? 長くない? サラだっつったでしょ。名乗ったよね?」
フェイは不満気に菫色の瞳を細めた。
「……うるさい人、嫌いだな」
「え!? 聞こえないんだけど!」
「……質問に答えてもらえませんか?」
「クロトに言われたからよ。念のため行けって」
一瞬、フェイの思考が止まった。
クロトは合理的だ。
無駄な戦力は割かない。
つまり――『足りない』と判断された。
サラは軽く肩をすくめ、フェイの眉間を人差し指で突いた。
「あいた」
思わず眉間に手をやり、フェイはサラを見上げる。
「なーにその顔。子どものくせに神妙な顔しちゃって」
フェイは思わず唇を尖らせる。
「クロトに信用されてないってか」
サラは明るく笑う。
「わかってないなあ、天才くん。あんたを死なせたくなかったのよ」
その言葉は、まっすぐフェイの胸に落ちた。
理屈は理解できる。
――それでも。
フェイは視線を逸らす。
「……僕は守られる側じゃない」
小さく、低く。
サラは一瞬だけ目を細める。
そして、ふっと鼻で笑った。
「あーはいはい。反抗期」
焦げ跡を踏み越え、三人は奥へ進む。
通路はさらに細くなり、壁面の魔導管が増えていく。
低い振動音が、床下から響いていた。
「奥に中枢があります」
フェイが短く告げる。
追跡魔導の金糸は、地下深くへと伸びている。
やがて、重厚な金属扉が現れた。
装飾はない。
ただ、複雑に重なった魔導陣が刻まれている。
フェイは扉に手を当てる。
指先から細い魔力が流れ込み、術式を解析する。
多重認証。
血統認識。
そして、教会高位権限。
術式にわずかな綻びを見つけたフェイが、小さく詠唱する。
魔導陣が一瞬、逆転した。
重い音を立てて、扉が開く。
「おお〜やるじゃん」
サラにばしんと背中を叩かれたフェイが涙目で睨め付ける。
中は、異様に整然としていた。
長い机。
壁一面の保管棚。
魔導記録などの分厚い台帳が、規則正しく並んでいる。
背表紙には年別管理の番号が割り振られているようだ。
サラは無造作に棚を眺める。
羊皮紙の匂いと、乾いたインクの匂いが混ざる。
整然と並ぶ文字列。
被験体番号。
経過記録。
適合率。
廃棄処分。
感情のない単語が、淡々と並んでいる。
「……趣味悪」
サラが鼻を鳴らす。
フェイは無言でページを繰る。
ある項目で、指が止まった。
サラが右から覗き込む。
「なに? 成功例?」
右隣で聞こえた軽い声。
しかし、黄金の瞳は一点を見つめ、止まった。
「……は?」
――適合体:クロト・クロンクヴィスト
サラの様子を目にしたレイドがゆっくりと左から台帳を覗き込む。
「……」
フェイの視界が、二人に挟まれて狭まる。
サラは震える指先を台帳に向けた。
「……これ、何?」
冗談めいた調子は消えていた。
生存個体三体(内適合体二体)
適合体:クロト・クロンクヴィスト
血統補助因子:A.S-α
適合率:98.7%
聖力適合率:極めて高い
管理対象:特別監視
適合体:ナシェル
血統補助因子:A.S-α
適合率:18.6%
聖力適合率:低い
管理対象:特別監視
そして更にページの端に、別枠の印。
「聖力集束計画」
――王命承認番号:第零号
サラがゆっくりと顔を上げる。
黄金の瞳が、二人を見る。
「ねえ……これ、どういう意味?」
レイドはすこし俯く。
「……殿下は、知らない、ですかね」
フェイは答えない。
代わりに、指先に魔力を集めた。
追跡魔導の糸は、まだ地下深くへと伸びている。
襲撃者の残滓。
微弱だが、確かに。
「……まだ下にいます」
レイドが目を細める。
「追えますか?」
フェイは頷き、糸を引く。
だが――
ぷつり。
意図的に糸が、切られた。
フェイは反射的に術式を再展開する。
だが、何も掴めない。
痕跡そのものが、消えていた。
「……遮断されました」
遮断した術者の術式は、空気の流れがわずかに歪んでいた。
魔力が重いのに、聖力が静かすぎる。
噛み合っていない。
――位相が逆だ。
あの時と、同じ。
アッサラートの故郷、聖地エッダの地下神殿で感じたものと酷似していた。
(これは――聖石を反転させた力だ)
フェイは、唇を噛んだ。
(誰かが、聖石の力を逆位相にして――利用している)
遠くで、低い振動音が止まる。
研究所の魔導管が、一斉に沈黙した。
まるで。
もう見るな、とでも言うように。




