表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/93

第六十八話 打診 ー隣に立つ意味ー

 魔導士の塔の最上階は、いつも風が強い。

 クロトは窓辺に立ち、遠く王城の屋根を見ていた。


「来ると思っていた、クロト・クロンクヴィスト」


 背後から体に染み入るような低い声。

 振り向かなくても分かる。


「レフラン様」


 レフランは歩み寄り、クロトの隣に立つ。

 同じ景色を見ながら、言う。


「単刀直入に言おう――魔導士長にならないか」


 クロトは驚いて目を丸くする。

 

「私が……ですか」

「お前が王国最強の魔導士だったことは、周知の事実」


 穏やかな声。

 だが、その奥に揺るぎはない。


「指揮に魔力はいらぬ。必要なのは、判断力と覚悟だ」


 細い指が、王城を指す。


「そうでなければ――こんな老人に務まるはずがないだろう」


 わずかに笑う。


「そろそろ隠居させてくれ。百を超えているのだぞ」


 冗談のように言いながら、その目は真剣だった。


 


 塔を出ようとしたところで、足音が止まった。

 振り向くと、そこに立っていたのは――


「……殿下?」


 王太子グリズリッド。

 風の中でも揺るがない立ち姿。


「話がある」


 いつもの短い言い回し。

 嫌な予感しかしない。


「議会で発表した」


 嫌な予感が当たる音が脳裏に響く。


「……一応聞きますけど、何をですか」

「お前を王太子妃として迎えると」


 思考が止まる。


「……は?」


 今、なんと?


「聖力は王家に在る、とも言った」


 淡々としている。

 やってのけた顔だ。


「ちょっと待ってください。この展開、二度目……」

 

 クロトは目を閉じて、頭を抱える。

 しかし、すぐに気を取り直して彼に一歩詰め寄る。


「私の同意は?」

「昨日、隣にいてもいいですか? と言ったじゃないか」


 即答。

 悪びれない。

 風が強く吹き抜ける。


「言いましたけど!」


 声を荒げたクロトに釣られて、グリズリッドの声も大きくなる。


「王太子の隣を軽く見るな!」


 高いところから怒鳴られ、クロトは口を尖らせる。


「だから! 順序ってものがあるでしょ!?」


 グリズリッドは静かにこちらを見る。


「――嫌なのか」


 真っ直ぐすぎる問い。

 言葉に詰まる。


 即答できない自分に、腹が立つ。


「そうじゃなくて……」


 魔導士長の打診。

 王太子妃の宣言。


 選択肢が、一気に目の前に積まれる。

 弱くなった自分にこなせるのか。

 自信がなかった。


「勝手です」


 やっと絞り出す。


「ああ」


 あっさり認める。


「だが、一番良い頃合いだった」

「そう言うことじゃないです」

「自由を奪う気はない」


 低く、強い声。


「お前が断るなら、俺が頭を下げて撤回する」


 クロトはぎょっと目を剥く。


「婚約破棄にされたとでも言えば良い」

「もう、だから! それも二度目!!」


 思わずクロトはグリズリッドの頬を叩いた。

 乾いた音が響き渡る。


「いちいち叩くな! それも二度目だ!」

 

 クロトは大きなため息を吐いた。


「……先程魔導士長から次の魔導士長の打診を受けました」


 グリズリッドは一度驚いたような顔をし、次の瞬間真面目な顔でクロトを覗き込んだ。


「どうしたい?」

「今の私に務まるのか、自信がありません」


 少し思案してグリズリッドは口を開く。


「受けろ」


 クロトは耳を疑う。


「え」

「お前が魔導を捨てる理由はない。意地なんだろう」


 きっぱりとグリズリッドは言う。


「でも王太子妃は……」

「もちろんやれ」


 クロトは思わず苦笑する。

 

「無茶を言いますね」

「箔がつく」

 

 そう言って不敵に笑う。

 でも次の言葉は、少しだけ低い。


「自信がない? 何を殊勝なことを言っている。お前そんな柄じゃないだろう」


 胸が、止まる。


「隣に立つと言ったな」


 グリズリッドはクロトへの距離を詰める。


「なら、立ったままで来い」


 その声には、命令よりも強いものがあった。

 信頼だ。


「俺は、お前が小さくなるのを見たくない」


 クロトは視線を逸らす。

 すこし涙が滲んだ。


 ずるい。

 本当に、ずるい人だ。

 ちょっと欲しかった言葉だったのかも知れない。


 クロトはゆっくりと息を吐いた。

 涙が落ちないように、何度か瞬きをする。


 一歩進み、グリズリッドの隣に並ぶ。


 数瞬迷って――そっと、肩にこめかみを預けた。

 ほんのわずかに体重をかける。


「……お借りします」


 小さな声で呟く。

 グリズリッドは一瞬息を止めたような気配を見せ、それから何を言わずに動かなかった。


 クロトが小さくならないように。

 立ったままでいられるように。

 そのまま、肩を貸す。


「返せよ」


 低い声が、耳元に落ちる。


「……利子は?」


 クロトが小さく問う。


「倍だ」


 思わず、笑ってしまう。

 笑った瞬間、細まった目尻から涙が零れた。

 風が強く吹き抜ける。


 それでもクロトは倒れない。

 肩越しに伝わる体温が、確かにそこにあるから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ