表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/88

第六十七話 宣言 ー兄弟のようにー

「報告いたします」


 壇上に立つレイドの声が、王国議会の高い天井に静かに響いた。


 ざわめきは、完全には止まらない。

 だが、誰もがその声に耳を向けている。


 磨かれた石床。

 半円状に並ぶ貴族席。

 中央の演壇に立つのは、第二王子――いや、王太子所有の騎士団『蒼穹』の騎士団長レイド・ガーナード。


「北方遺跡における戦闘は三日間に及びました」


 普段の軽薄さは消え、声は一段低い。


「黒魔導士一名、討伐確認。遺跡は封鎖済み」


 紙を読むこともなく、事実だけを簡潔に述べる。


「騎士団損耗、六割」


 その一言で、空気が沈む。

 誰かが息を呑む音。

 レイドは視線を上げない。


「以上」


 余計な言葉はない。


 レイドが一礼し、半歩下がる。

 議場に、わずかなざわめきが広がりかけた。


 王国騎士団のひとつの六割が失われた。

 その数字の重さが、石造りの空間に沈んでいる。


「騎士団長の報告通り」


 グリズリッドの張りのある声が、空気を断った。

 ざわめきが止む。


 壇上中央のグリズリッドは立ち上がらない。

 玉座に腰掛けたまま、静かに深い青の瞳で議場を見渡す。


「戦は終結し、遺跡は封鎖済みだ。復興案に移れ」


 簡潔に淡々と告げる。

 内政官が慌てて書類を整え、復興計画の概要を述べる。


 被害地域。

 予算の再配分。

 徴税の一時緩和。


 数名の貴族が口を開きかける。


「承認する」


 グリズリッドの一言で、議論は潰れた。

 異論を挟む余地はない。


 誰かが次の議題を促そうとした、そのとき。


「――もう一件ある」


 グリズリッドの言葉が遮った。

 今度こそ、完全な静寂が落ちる。


 視線が集まるのを待って、グリズリッドはゆっくりと右手を掲げる。


 右の手の甲に淡い光が灯り、聖痕が浮かび上がった。

 本日で一番のどよめきが起こる。


「私は聖力を宿した」


 教会席が揺れるが、グリズリッドは続ける。


「此度の戦の最中、聖女クロトは私を救った。そのときに継承されたものだ」


 説明を聞いた一同が沈黙。

 視線は逸らさない。

 低く、淡々と告げる。


「彼女を正式に王太子妃として迎える」


 空気が張り詰める。


「聖力は、王家に在る」


 それが意味するところを、誰もが理解していた。


「異論がある者は――ここで述べよ」

 

 グリズリッドは議会を見回す。

 視線だけで、議場を射抜く。


 誰も、立ち上がらない。

 誰も、声を上げない。

 沈黙が答えだった。


「記録せよ。本日の議事として残せ」


 筆が走る音だけが、静かに響いた。

 




 

 王城の石壁は、昼のざわめきを何も知らぬ顔で受け止めていた。


 夜の王城は静かだった。


 祝宴は終わり、廊下には人影もない。

 月明かりが長い影を落としている。


 鍛錬場の奥で、剣が風を切る音がした。


 ひと振り。

 ふた振り。


 軌跡は見慣れた弧を描く。


「……まあだいらっしゃったんですか。働きすぎですよ、殿下」


 背後から軽い声が掛けられる。

 グリズリッドは振り返らない。


「眠れないだけだ」

「お相手しましょーか?」


 レイドが歩み寄る。

 石床に靴音が響く。


「この前……」

「え?」

「地下神殿で……」


 グリズリッドが話す前に、何かを悟ったのかレイドが言う。


「あは、柄にもなく怒鳴ってしまいましたねえ」


 いつもの軽い口調。

 でも目は笑っていない。

 グリズリッドは剣を下ろした。


「……いや、助かった」


 小さく。

 風に紛れるほどの声で呟く。

 レイドの眉がわずかに動いた。


「そうですか」


 にこりと笑って軽口に戻る。

 でも、その声は少しだけ柔らかく響いた。


 再び沈黙が落ちる。

 月光が二人の影を並べた。


 グリズリッドは口を開く。


「……あのとき」


 剣を握り直す。


「お前が怒鳴って、目が覚めた」


 レイドは鼻で笑う。


「やっぱり俺がいないと駄目なんだから」

「図に乗るな」


 でも声は穏やかだ。

 レイドは空を見上げる。


「10年前にあなたと初めて会ったとき」


 唐突に始まった吐露。

 グリズリッドはわずかに視線を向ける。


「顔も、剣も、勉強も、何もかも。身長さえも勝てない。しかも一つ年下。こうまで勝てるものはない人間がいるのかと、絶望したんですよ」


 さらりと言う。

 初耳のそれにグリズリッドは目を瞬く。


「そうなのか」

「俺だって、伯爵家の長男としてまあまあうまくやってたつもりだったからさ」


 レイドは小さく笑う。


「でもね、そのとき決めたんですよ」


 グリズリッドは目を細める。


「この人に仕えて隣に立つってね」


 その言葉は軽いのに、芯がある。

 グリズリッドは二の句が踏めず押し黙った。

 やがて、短く告げる。


「離れるなよ」


 命令でも、願いでもない。

 ただの事実のように。


 レイドは大袈裟な所作で肩をすくめる。


「あらら、プロポーズですか。仕方ないですねえ。まあクロト殿より、俺の方が付き合い長いですからねえ」


 そして、いつもの調子で続ける。


「まあ、一生敵わない相手の面倒を見るのも悪くないかな〜って思うんですよねえ」


 グリズリッドは剣を構え、レイドの鼻先に剣の切先を向けた。


「一度くらい勝ってみたらどうだ」


 レイドは少し驚いて、笑った。


「無茶言うなよ」


 二人の剣が夜に交差する。

 火花は散らない。


 ただ、並ぶ影が揺れる。

 血は繋がらずとも。


 それでも、兄と弟のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ