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第五十八話 対峙 ー漆黒の騎士ー

 地下神殿は、異様な静けさに包まれていた。


 天井は高く、闇に溶けて見えない。

 中央には巨大な魔法陣。

 黒い光が脈打っている。


 その上に――立つ者。

 琥珀色の髪に、銀の上着がよく映える。


 俯いていたグリズリッドは、ゆっくりとその目を開く。

 彼の瞳は――漆黒に鈍く光っていた。

 深く、底のない闇。

 その手には蒼ではなく漆黒の魔剣が握られている。


「殿下……」

「待ってたわ、クロト」


 グリズリッドのすぐ背後、石造の階段の上にナシェルがいる。


「殿下を、黒魔導に染めたのですか」


 クロトはナシェルを見上げ、睨む。

 ナシェルはくすくすと笑って首を横に振った。


「リズはわたしを選んだだけよ」


 見てたでしょう?

 銀色の瞳がそう言っているように揺らめいた。


「リズ」


 金の鈴が転がるような甘い声音で、ナシェルが彼を呼んだ。


「クロトを、殺して」


 光のない漆黒の瞳が、クロトを真っ直ぐ捉えた。

 魔法陣が強く輝き、黒い魔力がグリズリッドの体を覆う。


「殿下……」


 クロトは数歩あとずさる。


「本気で来い、クロト」


 そう言った次の瞬間。


 空気が裂けた。

 グリズリッドが視界から消える。


「――っ!」


 反射で結界を展開する。


 背後に気配。

 振り返る間も無く衝撃が来る。

 結界が音を立てて軋んでいる。


 ようやく振り返ると、黒の魔剣が魔力を纏ってめり込んでいる。


 重く、圧倒的な出力に耐えきれず、弾き飛ばされた。

 息が詰まる。


「遅いな」


 声が上から降ってくる。

 黒い魔力が槍の形を取り、雨の様に放たれた。


 クロトは床を蹴って避ける。

 石柱と床が粉砕され、破片が舞う。


「魔導士でもないのに、何故魔導が使えるの……」


 考えてる間に、踏み込まれる。

 掌が胸部へ。


 どん、と鈍い衝撃。

 魔力の奔流が身体を貫く。


 肺から空気が抜け、膝から床に落ちる。

 見下ろす漆黒の瞳。

 涙が、滲んだ。


 クロトは首を横に振る。

 ――感傷的になるな。


 

「魔導、展開」


 魔力を練り、クロトは静かに立ち上がる。

 そして、自らを奮い立たせるかのように笑った。


「古代の魔力が溢れているだけ……と言ったところでしょうか。使い方、教えて差し上げましょうか?」


 光が爆ぜる。

 白い魔力が黒と衝突し、衝撃波で空間が歪む。


「面白い」


 グリズリッドの瞳が細められ、初めて。

 ほんのわずかに楽しげに。


 嗤う。

 黒い翼のような魔力が広がり、神殿が震えた。




 クロトは構え、彼も構える。

 光と闇が真正面からぶつかり、黒と白が激突した。


 光が弾ける。


 


 グリズリッドの剣が、クロトの結界を真っ二つに裂いた。


「甘い」


 低く、そう吐き捨てると今度はクロトに斬りかかる。

 グリズリッドは魔導を切ることができるが、魔導が効かないわけじゃない。

 クロトが狙うのは、剣が振り下ろされたときの隙。

 そこに魔導弾を入れる。


「魔導、展開」


 振り下ろされる剣を、風魔導を使って右に飛んで避ける。


 クロトが立っていた石床に、漆黒の魔剣が突き刺さった。

 がら空きになった脇腹目掛けて、魔導弾を撃つ――


 グリズリッドは素早く身を捻ると、クロトの首を掴んだ。


「ぐ……っ」


 片手でクロトを宙に浮かせると、グリズリッドは勢いよく床に叩きつけた。


 肋骨が砕けて、肺に刺さる感覚。

 クロトは悲鳴も上げられず、顔を顰めた。


 まずい。

 強い。


「悲鳴も上げないとは大したものだ」


 グリズリッドはクロトを見下ろす。


 クロトはすぐに回復魔導を使って、怪我を修復。

 そのまま後ろに飛んで距離を取る。


「残念でしたね。私に致命傷を与えるにはそんな攻撃じゃダメですよ」


 グリズリッドはクロトを鼻で笑う。


 そう、まだ致命傷にはならない。

 だが、彼はクロトよりも体格もよく、運動能力も高い。加えて魔導が切り裂けるあの剣。

 このままでは勝ち目がない。


 回復魔導を与えないような攻撃が来れば負ける。

 回復魔導も永遠に使えるわけではない。

 魔力が枯渇すれば当然使えない。


 自分を守っていては、彼に届かない。

 

 クロトはひとつ息を吐く。

 この面倒な男の目が覚めるような一発を。


 

 

「――行きますよ」


 足に風魔導を纏わせ、地面を蹴る。

 低い姿勢で殿下の懐に入り込む。


「だから、遅いんだよ」


 グリズリッドの黒い魔剣は地面と水平に振られた。

 空気を切り裂く音共に、クロトは上に飛び、空中で回転する。


 逆さまに落ちながら、殿下の背中を捉えた。


「リズ! うしろ!」


 ナシェルが悲鳴のように叫び、氷の魔導を放つ。


 右手に魔力を集め、クロトは一気にそれを放出させた。

 閃光と共に爆音が轟く。

 爆風に煽られながら、クロトは体制を整えて着地した。


「今のは、惜しかったな」


 耳元でグリズリッドの声。

 ぞくりと背筋に悪寒が走る。

 心臓を狙った攻撃を感じ、クロトは致命傷を避けるために身を捩る。

 次の瞬間に、左肩がもげたのかと思うほどの強い衝撃が走った。


 黒の魔剣は、クロトの左肩を貫通し、後ろの壁に突き刺さっている。

 ――ああ、この人。本当に私を殺すつもりなのね。




 魔剣にクロトの血が滴り、床に落ちていく。


 クロトの魔導弾は剣で防ぎきれなかった様で、グリズリッドもところどころ怪我をしている。


「どうした、回復しないのか」


 クロトは歯を食いしばり、漆黒の瞳を睨んだ。


「しない」


 きっぱりと言い切る。


「私の魔力にも、限りはあります。全力で、攻撃できるのは……残り、2回」


 それを聞いた漆黒の瞳がわずかに揺れた。

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