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第五十七話 騎士 ー王子を守る盾ー

 閃光が弾けた次の瞬間、レイドは硬い石床に膝をついていた。


 一瞬視界が揺れたのを払う様に、レイドは首を横に振る。

 そして即座に立ち上がり、素早く辺りを見回した。


「状況確認」


 レイドは落ち着いた声で部下の騎士に指示する。


 騎士が三名。負傷はない。

 クロトとフェイの姿はない。


 周囲は半壊した石造りの回廊だった。

 天井は高く、ひび割れた柱が並ぶ。

 壁面には古代文字。


 ――分断されたか。


「困りましたねえ」


 レイドはやれやれと首を横に振る。


 足元に刻まれた魔法陣に目をやる。

 が、そんなもの見たってわかるわけがない。

 天才だとかいう少年魔導士とはぐれたのは致命的だ。


「うーん、困りましたねえ」


 騎士の一人が声を震わせる。


「騎士団長――クロト殿と、フェイ殿は……」


 顔面を蒼白にする騎士に、レイドは微笑む。


「こらこら、そんな顔をするのは早い。あの方たちはきっと殿下のところへ向かってますよ」


 迷いはなかった。

 だって、彼女ほどの魔導士には会ったことがない。

 彼女ほどグリズリッドの隣が似合う方はいない。


 

 グリズリッドはいつでも己に厳しい。

 自分の本当の姿を滅多に見せない。

 それが命取りになることを、彼は知っている。


 そんなグリズリッドが、クロトにだけ見せる顔を、レイドはこの遠征で何度も見て来た。

 

 いたずらっぽい顔。

 微笑む顔。

 からかう顔。

 心配する顔。


 年相応の、青年の顔だった。


「私たちも、殿下を奪還するために行こう」


 その瞬間。

 回廊の奥で、石が軋んだ。

 ゆっくりと、石像が動き出す。


 

 剣を持つ巨像だ。

 人の三倍はある。

 全身は灰色の石でできているが、表面には無数の細い亀裂が走り、そこから黒い光が滲んでいた。


 兜のような頭部には顔らしい彫りはない。

 ただ、眼窩にあたる部分だけが深く抉れ、そこに闇が灯っている。


 石のくせに、呼吸でもしているように胸部がわずかに脈打つ。

 その中心に――核。


「まあた石像ですか」


 以前砦で首の無い聖女像と戦ったことを思い出す。

 あの直後、クロトは聖女になった。

 随分前のことのように思えてくる。


「あれも硬かったなあ」


 あのときはクロトがいたが、今回は違う。


「まあ、今回は動力源が見えてるか」


 レイドは独り言の様に呟くと、右手にはめた腕輪を軽く振った。


 淡い光とともに、三本の黒い棒が空中に現れる。

 手際よく掴み、回転させながら接合。

 金属が噛み合う音が、静かな回廊に響いた。


 レイドは自分の背よりも長い六尺棍を構える。

 部下の騎士たちが剣を構えるのを見て、レイドは手で制す。


「お前たちは下がるんだ」

「しかし!」


 騎士たちは食い下がる。


「いいから。命令だ」


 軽く言ったつもりでも、声は低く落ちていた。

 騎士たちはそれ以上言わず、後退する。

 


 


 石像が踏み込み、床が震える。

 俺に向かって巨剣が振り下ろされる。


 ――速い。


 だが、見える。

 グリズリッドの剣を受けてたからね。


 レイドは横へ滑り込み、棍を横薙ぎに払う。

 鈍い衝撃音。


 巨剣の軌道が逸れる。


「重たいのは、嫌なんだよなあ」


 腕輪が淡く光る。

 棍の内部に仕込まれた魔導具が反応し、衝撃を増幅。


 石の脚へ、縦に一撃。

 ごん、と低い音。


 硬い。


 装甲が割れたわけではない。

 だが、亀裂が広がる。


「斬れなくても、崩せばいい」


 石像が体勢を崩す。

 そこへもう一打。


 衝撃が内部へ通る。

 黒い光が揺らいだ。


「黒魔導で核を守ってるのか?」


 更に石が軋む音が加わる。


「げ! 二体目か〜」


 レイドは天を仰ぐ。

 挟撃。

 巨剣が左右から迫る。


 レイドは一体目の脚を踏み台に跳ぶ。

 肩へ駆け上がり、胸部へ棍を突き込んだ。



 腕輪が強く発光する。

 衝撃増幅、最大。

 内部へ叩き込む。


 骨に響く反動。

 肘の奥が軋む。

 痛みが走る。


 だが構わない。



 

 剣を置いた日、レイドは誓った。

 グリズリッドを守る盾になること。

 グリズリッドの横に並ぶこと。


 だから。


「……俺だってここで退けないよねえ」


 一緒に帰ろう。


 重い反動が腕を痺れさせる。

 でも止めない。

 もう一打。


 核の位置へ、正確に。


 黒い光が弾けた。

 巨像が崩れる。

 

 


 だが、まだ終わらない。

 三体目が動く。


 血が額を伝う。

 呼吸が荒い。


 それでも棍を構える。

 円を描くように、静かに。


「来い」


 低く告げる。


「この程度で足止めできると思うなよ、と」


 レイドの背後で、騎士たちが再び構える。


「お前たち……」

 

 王子を守る盾は、まだ折れていない。

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