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第五十六話 魔法陣 ーアッサラートの末裔ー

 転移の眩暈が収まったとき、フェイは一人だった。


 薄暗い円形の部屋。

 床一面には刻まれた幾何学模様が薄く発光している。

 中央に浮かぶ魔法陣は、三つの魔法陣が重なっていた。


「……中枢か」


 息が浅くなる。


 魔力が、重い。

 淀んでいる。


 壁面の古代文字をなぞる。

 読める。


 ――アッサラート式。


 自分の一族の術式だ。


「こんなところで、こんな使い方を……」


 だが上書きされている。

 黒魔導……だろうか。

 フェイは魔法陣の術式を読み解いていく。


「……これ」


 フェイの喉がわずかに震えた。


「黒魔導じゃない……違う。これは……」


 言葉が追いつかない。


「聖石と、同じ……?」


 息が詰まる。

 視界の奥で術式が反転した。


「いや……聖石と位相が、逆なのか?」


 黒魔導に見せかけている?


「……誰かがこれを作った、のか?」


 誰かが意図的に、組み替えている。

 侵入者分断、魔力吸収、拘束補助。

 つまり――


「ここを壊せば、内部の拘束も緩む」


 クロトの顔が浮かぶ。

 グリズリッドの魔力反応は――まだある。


 時間がない。

 フェイは急いで魔力を解放する。


 床の紋様が強く光る。


 だが――

 光は逆流していく。


「っ……!」


 突然視界が暗くなり、フェイは膝をつく。

 術式が魔力を奪おうとしているのか。


 古代式と黒魔導らしき術式が絡み合い、牙を剥く。


 ――未熟者は触れるな。


 そう言われている気がした。

 悔しさが込み上げる。


「僕は……ただの子どもじゃない」


 双子の弟の顔が脳裏をよぎる。

 

 心臓の弱い弟――イヴを、フェイはいつも守ってきた。

 イヴはフェイにいつも謝る。

 弱くてごめん、と。


 フェイは知ってる。

 イヴは弱くない。

 心臓が弱いだけなんだ。

 だからその魔力を使いこなせないだけ。


 クロトと初めて会った時、イヴを重ねた。

 魔力と聖力を制御できず、体が悲鳴を上げている状態。


 でも――違う。


 あの時、降臨祭でグリズリッドはクロトの魔導回路に触れた。

 魔力と聖力を繋ぐための、ほんの一瞬の導線。


 制御を選んだのは、クロトだ。


 聖力は魔力に寄生する。

 だが主従は固定ではない。


 拒絶すれば暴走する。

 押さえ込めば反発する。


 ならば――位置を変えるしかない。



 魔力を核とし、聖力を外殻へ再編成する。

 位相を揃え、意味を書き換える。編成。


 あの人は、力をねじ伏せたのではない。

 力の意味を書き換えたのだ。

 

 再構築したわけか。


 ……双極位相統合。


 まだ未完成だが、理屈は通る。


 だが理屈だけでは足りない。

 再構築は、均衡を読み切れなければ自壊する。


 聖力は揺らぎやすい。

 古代式は頑強だが融通が利かない。


 どちらの位相を揃えなければ、暴発する。

 クロトは、それを一瞬でやった


 ……本当に、とんでもない人だ。


 ならば。

 自分が出来ないはずがない。

 

(僕は彼女が認めた魔導士なんだから)


 あの人は、誰かに救われる側ではない。


 痛みも、孤独も、理不尽も――

 それでも、立っている。


 だからフェイは、あの人を聖女とは呼ばない。

 彼女は、魔導士だ。

 自分よりもずっと、強い。

 

 


 自分は常に選ばされる側だった。

 でも今は違う。


「選ぶのは、僕だ」


 指先で紋様を書き換える。

 破壊ではなく、再構築。

 古代式の核をずらし、黒魔導の流路を断つ。


 鼻血がばたばたと落ち、視界が暗く滲んだ。

 だが、止めない。


「アッサラート式、第三位相――再定義」


 三つの魔法陣がそれぞれ震え、黒い光が弾ける。


 一つ目の結界が消える。

 さらにもう一段。


 魔力の使いすぎで心臓が軋む。

 フェイが顔を顰めた。


 魔力が焼けて、焦げた匂いがする。


「……クロト様、貴女は、僕を救ってくれた」


 だから今度はフェイが道を開く。


 視界が白く滲む。

 指先の感覚が、もうない。

 

「行け」


 声が震える。

 最後の一筆。


 光が走る。


 三重結界の核が砕け、ヴ……ンと掠れた音と共に部屋の空気が切り替わった。


 魔力の重さが、瞬時に薄れる。

 転移分断の術式が停止し、内部への干渉が可能になった。


 フェイは床に手をついたまま、安堵の息を吐く。


「……間に合って」


 しかし、次の瞬間息を呑む。

 轟音とともに建物全体が激しく揺れる。

 壁に亀裂が入り、天井から石の欠片が降り注ぐ。


 これは崩壊の揺れじゃない。


 重く、軋むような魔力。

 それに混じる、ひどく静かな光。


 胸の奥がざわつく。

 嫌な予感がする。


 位相が、噛み合っていない。

 何かが、反転している。


 まさか。

 小さく息を呑んだフェイは急いで立ち上がった。

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