第五十五話 地下 ー古代魔導の罠ー
クロトは一歩、石の床へ踏み込む。
その瞬間、足元の紋様が淡く光った。
「――下がって!」
叫ぶより早く、光が紋様に沿って石床を走った。
幾何学模様が円を描き、地面が震える。
古代文字が浮かび上がり、空気が裂けた。
「結界が反応しました!」
フェイの声が重なる。
刹那――床が、沈む。
視界が白く弾けた。
強烈な圧力。
身体が横へ弾き飛ばされる。
「クロト殿!」
慌ててクロトに手を伸ばしたレイドの声が遠のく。
次の瞬間。
クロトは石の床に叩きつけられた。
肺の空気が押し出される。
息が詰まり、視界が揺れる。
叩きつけられた反動で身体が再び浮く。
空中でクロトは軽く回復魔導を使い、足から着地した。
そして、静かに立ち上がる。
周囲を見回す。
そこは、さきほどの遺跡ではなかった。
円形の石室は天井が高く、薄暗い。
足元には、微かな光が残った転移陣。
「……分断型の結界」
クロトの独り言が響く。
レイドの気配はない。
騎士たちの気配も。
フェイの魔力も、感じられない。
状況を即座に整理する。
一度、呼吸を整える。
「落ち着いて。クロト・クロンクヴィスト」
最高位魔導士は、部隊を持たない。
単独行動。
単独判断。
単独帰還。
むしろ今までが異常。
「みんなは、きっと大丈夫」
クロトは石壁に触れ、魔力を流す。
中の方で抵抗がある。
二重構造だ。
表層は古代式。
その下に黒魔導らしき鎖。
でも噛み合わせが甘い。
「随分と雑な仕事ですね」
すると、突然奥の壁が低く唸り、ゆっくりと開いた。
急に古代式の術式が切り替わった。
誰かが書き換えたとしか思えなかった。
「フェイ君?」
そんなことができるのは、あの銀髪の少年だろう。
クロトは微笑む。
「やっぱり……フェイ君は本当に天才です」
通路に入った瞬間。
石壁に刻まれた紋様が脈打った。
足元に影が滲む。
音もなくゆらりと立ち上がる黒い人型。
クロトは目だけ動かし確認する。
一拍で距離、二拍で軌道、三拍で核の位置を測る。
「魔導、展開」
指を軽く弾く。
無属性魔導を圧縮させ、放つ。
最初の一体の胸部が、内側から静かに崩れた。
圧縮した無属性魔導が核を正確に捉え、影は音もなく瓦解する。
残り二体が、ほぼ同時に左右へ散開した。
判断は速い。自律型にしては上等だ。
クロトは視線を動かさないまま、足元へ魔法陣を展開する。
淡い光が石床に広がり、半径制限型の重圧が発動した。
空気が沈む。
影の動きが鈍り、膝を折るように軌道が崩れる。
だが、崩れた身体の輪郭が再び結び直されていく。
黒魔導特有の再構築だ。
「……核はそこですね」
呟きと同時に、透明な杭を形成する。
魔力を一点へ極限まで収束させる。
圧縮された力が微かに震え、次の瞬間、迷いなく撃ち抜いた。
杭は影を貫き、中心部を正確に穿つ。
二体が、今度こそ霧のように崩れ落ちた。
残る一体が、音もなく背後へ回り込む。
足音はない。
だが、空気の揺らぎで分かる。
気配だけで十分だ。
振り向かない。
逆手に氷結刃を生成し、そのまま後方へ放つ。
刃が影の輪郭に触れた瞬間、急速凍結が走る。
黒が白く染まり、軋む音を立てる。
次の瞬間、氷ごと砕け散った。
粉雪のような氷片が舞い、やがて通路に沈む。
静寂が戻る。
だが、クロトは警戒を解かない。
視線だけを動かす。
――やはり。
床に落ちた黒い残滓が、わずかに蠢く。
細い糸のように絡み合い、ゆっくりと形を取り戻していく。
三体とも、何事もなかったかのように立ち上がる。
「……なるほど」
古代式の基盤に、黒魔導の再構築式を重ねている。
核を穿つだけでは不十分。
完全破壊が必要。
「魔導、展開」
足元に、先ほどよりも大規模な魔法陣を描き出す。
幾重にも重なる幾何学模様。
光が通路を走り抜け、壁面の紋様までも巻き込んでいく。
再生しかけた黒い影が、悲鳴もなく溶けた。
跡形もなく、消滅する。
残るのは、焦げた魔力の匂いだけ。
クロトは小さく息を吐く。
「思ったより魔力を使ってしまいましたね」
まあ、大丈夫。問題はない。
改めて思う。
「単独行動は効率が良い」
暗い通路は地下へ地下へと続いている。
前から冷たい空気が流れ来る
まだ血の匂いはない。
背後で石と石が噛み合う、重い音が響く。
結界が完全に閉じた。
もう、戻れない。
クロトは前を向く。
「待っていてください」
声は静かだった。
クロトは、一人で地下へと踏み出した。




