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第五十話 迷子 ー夢の中でー

 ああ、これは夢だ。

 夢の中でふとそう気づくときがある。

 

 なかなか寝付けなかったが、ようやく眠れたらしい。


 ここは――

 グリズリッドは立っている辺りを見回した。


 見慣れた風景。

 王都の道端だ。


 人は不自然なほどに誰もいない。

 まあ、夢だからな。



 

 ふと、前から白いローブを見に纏った女性が歩いて来る。彼女の身なりは、明らかに教会の白魔導士か何かだ。

 フードを目深に被っているが、そこから覗いた顔は小動物のように愛らしい。

 彼女は困ったように眉を曲げ、銀色の瞳を潤ませ、きょろきょろと辺りを見回している。

 地図は手に持っているが、反対だ。


 グリズリッドはため息を吐いた。

 

 暗殺者に命を狙われ、王宮で暮らせなくなったグリズリッドは、ガーナード伯爵家に身を寄せていた。

 古くからサフィアーノ王家に使えるガーナード伯爵は、彼を歓迎し、剣の稽古をつけてくれた。

 そしてグリズリッドを騎士団に所属させ、身を守る術を教えてくれた。

 騎士団預りとなったグリズリッドは、王都の警護にあたることが主な任務だった。

 



 面倒なことに巻き込まれたくないな。

 そう思ったのに、足が止まった。


「ちょっといいか」


 声をかけると、彼女はびくりと肩を跳ねさせた。

 警戒心と疲労が、顔にそのまま出ていた。


「王宮に行きたいんじゃないか?」


 図星だったのだろう。

 彼女は一瞬目を見開き、慌てて頷いた。


「は、はい……」


 声が、少しかすれている。


「この辺り、慣れてなくて……」


 涙で潤んだ銀色の瞳が俺を見上げる。


「逆だ。そっちは行き止まり」


 グリズリッドは彼女の地図を指でなぞり、正しい道を示す。


「この道をまっすぐ。橋を渡って、二つ目の門だ」


 彼女は、ほっと息を吐いた。


「ありがとうございます……」


 それから、少しだけ躊躇って口を開く。


「……あの、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」


 名前。

 一瞬、迷った。


「リズだ」


 短く、偽りの名。


「……リズ」


 彼女は、ゆっくりとその名をなぞるように呼んだ。

 そしてくすぐったそうに笑った。


「わたしはナシェル」


 グリズリッドはひとつ頷く。


「気をつけて、ナシェル」


 グリズリッドはそれだけ言って、踵を返した。

 背後で、ナシェルが慌てて声をかける。


「ありがとう、リズ!」




 

 それから、何度も彼女に会った。


 王都は広い。

 ――だが、同じ場所で、同じ時間帯に、同じ顔と遭遇する確率は低い。


「……お前、ほんとによく道に迷うな。ナシェ」


 思わずそう言うと、ナシェルは一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。


「そう見えてる?」

「……見えてる?」


 橋の袂。

 最初に会った場所から、そう遠くない。


 彼女は両手で地図を畳み、胸元に抱えた。


「最初の頃は、本当に迷ってたのよ?」

「“最初の頃”?」


 グリズリッドが半眼で見ると、ナシェルはふふふと笑う。


「……後の方は」


 小首を傾げる。


「わざとなの」


 あまりにもあっさり言うものだから、逆に言葉に詰まった。


「――は?」

「だって、リズに会えるかもしれないでしょう?」


 冗談めかした声音。

 でも、目は冗談を言っていない。


 グリズリッドは額を押さえた。


「危ないことをするな。王都だぞ」

「大丈夫よ」


 即答。


「だって、いつもちゃんと見つけてくれるじゃない」


 信頼の置き所が、致命的に間違っている。


「……俺は、この辺りが警護の範囲なんだ」

「わかってる。だからいつもこの辺りで迷ってるんだから」


 ナシェルは危険なほどに甘く微笑む。


 その笑顔が、どこか安心しきっていて――

 胸の奥が、ひどくざわついた。


「王宮はあっちだ」


 グリズリッドはため息を吐いていつものように道を示す。


「この道をまっすぐ。橋を渡って、二つ目の門だ」


 皮肉を込めて言うと、ナシェルは少し考えてから答えた。


「うん」


 ナシェルは頷いて、くるりと踵を返す。


「ねえ、リズ」


 彼女は一歩踏み出して、一度振り返る。

 月の光を受けたような銀髪が揺れ、ふわりと軽く砂糖菓子のような繊細な甘い香りが届く。


「もし、またわたしが迷っても見つけてくれる?」


 グリズリッドは言葉に詰まる。


「……警護の範囲内ならな」


 それ以上、何も言えなかった。


 彼女が去ったあと、グリズリッドはしばらくその場を動けなかった。




 

 ――ねえ、リズ。


 場面が止まり、ナシェルの声だけが聞こえる。


 ――もしわたしが迷っても、見つけてくれるよね?

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