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第四十六話 拒絶 ーすれ違う価値観ー

 隊列から少し離れた山道。

 馬蹄の音が規則正しく土を打つ。


 アッサラート一族の天才魔導士だという十四才の少年は、思ったよりも華奢で小さかった。

 白く細い首は女性のようで、簡単に分断できてしまえそうに見える。


 なのに、昨晩レイドが言った言葉が頭から離れない。


 ――あんなに楽しそうに笑っているクロト殿、初めて見ましたよ。


(楽しそうに笑う? あの鉄面皮みたいな女が?)


 ――あの少年には素を出せるんでしょうねえ。


 レイドの言葉が、棘のように抜けない。


 


 背後にいるフェイはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。


「質問してもいいですか?」


 その抑揚のない話し方に、その切り出し方。

 クロトに似ている。


「何を怒ってるんです?」


 声変わり途中の少年の声は、滑るように滑らかに聞こえた。


「その感じ、僕に怒ってますよね?」


 フェイは続ける。


「心当たりがないなあ」


 グリズリッドは確信する。

 こいつクロトより可愛げがない。


「お前とは初めて会ったというのに、俺が怒るはずないだろう」


 いつもの笑顔が作れない。

 これはもう重症だ。


「ふうん。結構余裕ないんですね」


 手綱を握る指がわずかに強くなる。


「なんの話だ」

「さあ。なんの話でしょう」


 揶揄うような声でフェイは言う。


「何がそんなに気に入らないんですか?」


 風が強く吹き、マントがはためく。

 フェイがふっと視線を横に流した。


「……殿下」


 声の質が変わる。


 次の瞬間。


 右手の林の影が、蠢いた。


 黒い霧のようなものが地面を這い、形を成す。

 人型に盛り上がったそれは音もなく跳躍した。


 グリズリッドが右手に剣を出現させる前に――


 空気が、歪んだ。


 ぱきり、と小さな破裂音。


 黒い影の中心に、透明な杭のような魔導が突き立つ。

 影は内側から崩れ、砂のように霧散する。


 馬は一歩も乱れない。

 フェイは手を下ろしただけだった。


「……妙ですね」


 フェイが小さく呟く。


「何がだ」

「黒魔導の術式が……聖石の構造と似てる」


 グリズリッドは目を細める。


「……今のは」

「エッダ方面からの偵察ですかね」


 淡々と。

 グリズリッドは横目で少年を見る。

 フェイは、わずかに口角を上げた。


「僕、お役に立ちました?」


 挑発でも自慢でもない。

 事実確認みたいな声音。


 グリズリッドは冷たく返す。


「図に乗るな」


 だが胸の奥で、確かに理解した。


 ――この少年は、危険だ。


 本能がそう警鐘を鳴らしていた。


「フェイ君!」


 後ろの方で涼やかな声が響く。


「はい」


 フェイがクロトに振り向いている様子だ。


「良い攻撃魔導でした。教えた通りに無詠唱も無属性魔導も扱えるなんて! やっぱりフェイ君は天才です」


 興奮気味に言うクロトの声。


「……大したことじゃないでしょ」


 そう言いながら、どこか嬉しそうな少年の声。


「貴女は、もっとすごいくせに」


 ぽつりと少年が言ったのをグリズリッドだけが聞いていた。

 その声音は、親しい者だけが知る響きだった。


 それが、無性に癪に障る。




 

 陽が落ちてきた頃に、山間の開けた場所に野営地が設けられた。

 焚き火の煙が薄く立ち上り、騎士たちの声が遠くで交わる。


 一人になりたくて、グリズリッドは森の中に入って行く。


 あんな子どもに見透かされるほど余裕がないだと?

 何をそんなに焦っている。


 父上に王太子にすると言われたのがそんなに……

 そんなに嬉しいのか。


 別に王太子になりたかったわけではない。

 ただ、無視され続けていた人に認めてもらえたことにほんのすこし心が震えた。

 それがとてつもなく悔しい。


 クロトに距離を取らないと、また当たってしまいそうで。

 そんなことをしたいわけではないのに。

 どんどん疑心暗鬼になって行く自分が恨めしかった。



 

 ――リズ。


 グリズリッドはぴたりと足を止めた。

 すぐに右手に集中し、蒼い剣を出現させる。


「ナシェ?」


 グリズリッドは剣を構え、誰もいない森の中の暗闇に問う。


 ――かわいそうなリズ。

 わたしならあなたを不安にさせないのに。




 

 両手で頬を包まれた感覚に、グリズリッドははっと息を呑んだ。

 目の前にあったのは、空を思わせる明るい青の瞳。


「クロト……」


 名を呼んで、ほっと安堵してしまったことに気づく。

 一歩、踏み出しかけて――止めた。


「大丈夫ですか?」


 両手から逃げるため、グリズリッドは横を向く。

 宝玉のような青い瞳は真っ直ぐグリズリッドを見たまま離さない。


「すみませんでした」


 彼女は素直に謝る。

 

「あの、隠したわけではないんです。確信が持てなかっただけで。魔導士の報告は事実のみ――そこに個人的な憶測や仮定は持ち込まない。魔導士は、途中で情報共有することは習慣にないのです」


 涼やかな声音の紡ぐ言葉に、夢から覚めるかのように頭が冷えていく。

 

「……わかった、もういい」


 乾いた声でそう言って、グリズリッドはクロトの華奢な身体をそっと引き剥がした。


 このやりとりは、平行線を辿ると判断した。

 つまり、分かり合えないと。

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