第四十五話 遠征 ー四度目の正直ー
「――我々はこれより聖地エッダを目指す」
第二王子グリズリッドの声は、晴れ渡った空を真っ直ぐに貫いた。
王都北門前に整列した騎士団が、一斉に背筋を伸ばす。
銀の鎧が朝日にきらめいた。
「黒魔導士の拠点は北方山間部。かつてアッサラートが住まいし地、聖地エッダに痕跡がある」
「此度の遠征、必ずや討ち果たす」
剣を掲げる。
「王国の名のもとに――進軍せよ!」
「おおおおおお!」
騎士団の男たちの野太い雄叫びが響き渡った。
クロトとフェイは、その様子をどこか遠い気持ちで後ろの方から眺めていた。
フェイは辺りを見回し、明らかに圧倒されている。
「なんか……すごいですね」
「そう、ですね」
クロトは頷く。
グリズリッドが遠く感じる。
それは、単なる物理的な距離でないことは明らかだった。
――視線が、合わない。
遠征のたび、グリズリッドはクロトに目を向けた。
言葉はなくとも、そこには確かな合図があった。
遠くに居ても、互いに居場所を探してしまう感じ。
今日は、それがない。
まだ、怒ってる。
どうしよう、謝った方がいい?
確信が持てなかっただけで、隠したわけじゃないんだって。
でも本当にそれだけで怒っているのだろうか。
「あの香袋……殿下の代わりだったんですね」
隣でさらりと聞こえたとんでもない言葉に、クロトは真っ赤になり、弾かれるようにフェイを見た。
「フェイ君!?」
フェイはきょとんと菫色の瞳を丸くする。
「え、ちがいます?」
そうだけど……。
「さっきすれ違いましたけど、あの香りそうですよね?」
真っ赤になったクロトは、そそくさと移動する。
「あ、ちょっと待ってください。だってあの袋の色、殿下の瞳の色ですよねー? ねー?」
フェイは止めを刺しながらクロトの背中を追いかけて行った。
号令とともに騎士団が動き出す。
重厚な足音と馬蹄が石畳を震わせた。
グリズリッドは愛馬に跨がると、こちらを見ることなく手綱を引く。
「クロト、お前はレイドの馬に乗れ」
淡々とした声が降ってきた。
クロトは顔を上げる。
グリズリッドは、こちらを見ない。
「フェイと言ったか」
「はい」
「お前は俺の馬に乗れ」
フェイと目配せをする。
クロトがフェイに頷くと、フェイは納得したようにグリズリッドについて行った。
「クロト殿、お手をどうぞ」
レイドはクロトに手を差し出してくれる。
彼の手を掴むと、軽々とクロトを引っ張り上げて、自分の前に座らせた。
レイドはクロトの肩を軽く叩く。
振り返ると、小さな声で尋ねてきた。
「なにがあったんです?」
「……怒られてしまいました」
「あー……すみません。それ私のせいもあるかもです」
レイドはそう言って後頭部を掻いた。
「と言うと?」
「やー……実は、昨日街でクロト殿とフェイ殿がたのしそーにお話してるところを偶然見かけちゃったんですよね」
「はあ」
「それを殿下に話しちゃったんですよ」
「……はあ」
クロトはレイドを見つめる。
「それで?」
レイドは目を丸くした。
「え?」
クロトは眉をひそめた。
「だから、それがなんだと言うんです?」
レイドは目を瞬く。
「嫉妬してるんじゃないですか?」
嫉妬?
クロトは首を傾げる。
「あー……いや、うーん……」
レイドは言い淀んでから、声を潜めた。
「これ、あんまり言わない方がいいのかもしれないんですけど……お耳拝借」
レイドはクロトの耳元でそふそふと囁く。
やっぱりぞわりと肌が粟立った。
「実は、殿下を王太子にって話があるんです」
クロトは目を見開く。
「第二王子を?」
「もしかしたら、直接陛下からその話があったのかも知れません」
クロトは眉を顰め、前方を走るグリズリッドの背を見つめた。
「嫌だということですか?」
風を切る琥珀色の髪は太陽の光を受けてきらきらと輝く。
まっすぐ伸びた揺るがない背筋。
誰よりも堂々と騎士団を率いる姿。
大きな軍馬に跨り、銀色のマントをはためかす姿は、まさに威風堂々。
王太子に相応しい。
「殿下は幼い頃より第一王子派の人間から暗殺されかけてまして」
クロトは黙って耳を傾ける。
「陛下はそれを黙認してきましたので。要は、使えそうだと判断したら擦り寄ってくる感じがお嫌なんじゃないかと思うんですよねえ」
クロトは思考を巡らせる。
王都に現れた黒魔導士の正体がナシェル。
その後の陛下との接触。
隠し事をしたクロトへの不信。
レイドの話を聞いたら、点と点が線で繋がった……ような気もする。
しかし。
やっぱり、なんと声をかけるのが良いものか、まるでわからなかった。
「レイドさんは、殿下のことをよくご存知なのですね」
「ああ、私たちは幼なじみなんです」
初耳のそれに、クロトは目を瞬く。
「命の危険を感じて王宮を出た殿下は、ガーナード伯爵家に身を寄せていたことがあるんです」
「ガーナード伯爵家……」
「私の家です」
「だから、騎士上がりなんですか」
そう呟いて、クロトはグリズリッドの背を見つめる。
グリズリッドは、変わらず前を向いたまま。
視線は、最後まで合わなかった。




