第四十四話 休暇 ー少年との再会ー
王都は思ったよりも賑わっていた。
つい数日前までの惨状が嘘のようだ。
街の人々の明るい生命力を感じながら、クロトはあてもなく歩いて行く。
最高位魔導士は単独任務が多い。
全て一人で解決し、一人で帰還する。
起こったことを魔導士長に報告するときは、事実のみを報告する。
そこに個人的な憶測や仮定は持ち込まない。
途中で情報共有することは習慣になかった。
それだけ。
だが、騎士の信用を失うには十分だった。
本気で怒ったグリズリッドを脳裏に浮かべ、クロトは深くため息を吐く。
ふと足を止めると、そこは魔導具を売っている店だった。古い木製の看板には《銀枝》とある。
クロトは魔導具を必要としないが、どんなものがあるのかと興味が湧いた。
扉を開けると、ぎい、と錆びた金属が擦れ合う音。
そしてカランカラン、と鉄製の鐘が空虚に鳴った。
薄暗い店内は埃っぽい空気が漂い、ところどころにランプが置かれ、それぞれが朧げに周りを照らしている。
「いらっしゃい」
年老いた男の小さな声が店の奥から聞こえた。
声だけで、店主の姿は見えない。
クロトは店内をぐるりと見回す。
指輪、首輪、ペンダントのような装飾品に見せかけた魔導具。
何かの術に使うのか、蝙蝠やトカゲが干からびたもの。
古い羊皮紙を用いた札のようなもの。
魔導書などが所狭しと置かれている。
「これはこれは」
独り言のような声に、クロトは振り返る。
白い髭を胸元まで長く伸ばし、擦り切れた黒いローブを目深に被った老人が、いつの間にか店の奥から姿を現していた。
背は低く、腰も曲がっているのに、その足取りには不思議な確かさがある。
深い皺に刻まれた顔は年相応だが、細められた菫の双眸だけが異様に澄んでいて、まるでこちらの内側を覗き込むようだった。
「珍しいお客さんだ」
背後で、カランカランと鐘の音が聞こえた。
「じいさん」
声変わり途中の少年の声。
「来たな、フェイ。聖女様も来てるよ」
弾かれるようにクロトは振り返る。
「フェイ君!?」
フェイはクロトに視線を移し、ぺこりと頭を下げた。
「おひさしぶりです。いろいろとお世話になりました」
涼しげな顔からは、言葉の真意と彼の感情は伺い知れない。
店主はクロトを見つめたまま、ゆっくりと顎髭を撫でて近付く。
「元々の魔力量が多い分、聖力も多い。でもよく制御されている」
老人は小さく笑った。
クロトは二人を見比べる。
「……えっと、お知り合い、なんですか?」
フェイは一瞬だけ視線を逸らし、それからクロトを見て、少し困ったように笑った。
「まあ……」
店主は、ほほほと笑った。
「育ての親みたいなものだな。フェイ、持っていけ」
店主はごそごそと奥の棚を探り、小さな瓶をフェイに手渡した。
フェイが受け取った小瓶は、淡く白濁していて、内部でゆっくりと光が揺れていた。
ただの薬瓶にしては、魔力の気配が濃い。
「……これは?」
クロトが視線を向けると、店主はわざとらしく肩をすくめた。
「あの子の命を繋ぐ代物だ」
あの子、とはフェイの双子の弟――イヴのことを指しているのだとクロトは察する。
「これはあの子の心臓の薬なんだよ」
「そうでしたか」
店主はにこりと微笑んだ。
「聖女様、アッサラートは神に近い一族だと言われていた時代があってね。神の力――聖力をお借りし、小さな奇跡を起こして暮らしを豊かにしていたんだよ」
ランプの光が、店主の菫色の瞳に反射する。
その奥には、長い時間を生きた者だけが持つ諦観があった。
「我々の中では、元々強い魔力を持って生まれる人間が多くてね。そして中でも神の力――聖力に応えられる人間が一族の首長となる」
――俺の母は、アッサラート一族の首長の娘だ。
以前馬車の中でグリズリッドはそう言った。
そして、首長が引き継ぐ魔剣を引き継いだのだと。
魔導を切り、無効化できる剣を。
「貴女の隣にいる方は、魔力と聖力の暴走を無にすることができる。しかし彼は魔導士ではない。故に魔力と聖力を調節したのは貴女自身。そうだろう?」
クロトは頷く。
「互いに補う、か。興味深い」
独り言のように老人は呟く。
ぱん、と店主は手を叩いた。
「さあ、今日はこのくらいにしておこう」
そして、ひらりと手を振る。
「話しすぎて、ちと疲れた」
店を出たクロトとフェイは、黙って街を歩き始めた。
「あの……」
言葉を詰まらせて、フェイは頬を染めてから俯く。
「魔導士に引き抜くって言ってくださったのは……生きてますか?」
クロトは真剣な顔でフェイを見つめる。
「はい」
安堵の息を吐いたフェイに、クロトは目を逸らす。
「ただ、これからまた遠征になるので引き抜きは戻ってきてから――」
「それ、連れて行ってください」
クロトはぎょっと目を剥く。
「……ずっと考えてました。やっぱり僕はクロト様に魔導を教えてもらいたいです」
フェイはクロトの袖を掴む。
クロトは一瞬、言葉を失う。
「遠征、どこへ行かれるんですか?」
「エッダですけど……」
真っ直ぐな菫色の瞳に、クロトは思わずたじろぐ。
「それ、アッサラートの故郷ですよ?」
「そうですけど……」
「僕、役に立つと思います」
クロトは目を瞬く。
「それは、そうかも知れないけど……」
「けど?」
「……教会は?」
「聖女様について行くと言えば良いんです。僕は、聖女様の監視役ですから」
クロトは目を閉じて唸る。
それは、いけるかも知れない。
「……やるじゃないですか」
フェイは目を細めて笑う。
「騎士団と殿下に怪しまれないように、僕は天才魔導士ってことにしてください」
クロトは声を出して笑う。
「まあ、いいでしょう。……お腹すいて来ました」
突然串焼きの屋台の列に並んだクロトに、フェイは目を丸くする。
「……一応、ご令嬢なんじゃなかったでしたっけ?」
クロトは笑う。
「そんなこと忘れていました」
令嬢は、騎士団の野営地になんて行かないし、そもそも竜を狩りまくって『竜狩りの女魔導士』などと呼ばれることもないだろう。
「全部10本ずつください」
串焼き屋に並んだクロトの言葉に、フェイは菫色の瞳を見開く。
「何人で食べるおつもりですか……」
「二人に決まってるでしょう」
「何本食べる計算なんですか?」
「二人で40本です。やだ、はんぶんこですよ?」
「いやいや、どこのゴリラが20本も串焼き食べるんですか」
フェイの言葉にクロトは目を瞬く。
「フェイ君」
大量の串焼きを受け取り、クロトは早速歩きながら一本頂戴する。
「食べないと大きくなれませんよ?」




