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第四十三話 怒気 ー信用に値しないー

 おおかた、中心地の建物は修復し終えた。

 クロトは大通りから外れた、人目につかない小道の端にお尻を預け、足を投げ出し、空を見上げた。


「疲れた……」


 朝から黙々と作業して、日が暮れている。

 空は茜色、黄金色、そして紫と、それぞれが溶け合う水彩絵の具のように刻一刻と変化していく。


 すぐに辺りは暗くなる。

 戻らなくては。

 クロトは重い腰を上げ、白いローブについた砂埃を払った。


「クロト殿〜」


 レイドに声をかけられ、クロトは振り向く。

 

「レイドさん」

「殿下に会えました?」


 クロトは目を瞬き、首を横に振った。


「あれえ。クロト殿のこと、血眼で探してましたよ〜」


 間延びしたレイドの口調がなんだか懐かしくて、クロトは微笑む。


「おお、やっぱり笑うと一層お美しいですねえ」


 レイドは軽い口調で褒めてくれた。


「いいから行きましょう」


 照れたクロトは頬を赤らめてレイドを促す。

 そして静かに彼の言葉を思い出した。

 

 グリズリッドが血眼?

 レイドの場合、かなり大袈裟に言っている場合がある気もする。

 計算高いグリズリッドが、周囲の目を気にすることなく必死になっている姿など想像がつかなかった。

 もしそうだとすれば。


 一大事だ。


「黒魔導士から直接攻撃を受けたので、遠征の準備を急いがないといけないんですよ〜」


 偉い人たちが怒ってるんで〜とレイドは項垂れる。


「そうですよね、では近いうちに出立ですね」

「2日後くらいが出立になると思います。明日辺りに正式に陛下からお達しが来るんじゃないかなあと」

 

 準備があるのでこれで、とレイドは騎士団の宿舎の方へ去っていった。

 クロトはグリズリッドに会うべく王宮へと急いだ。


 


 王宮の裏手に回る近道は、手入れの行き届いた庭園を抜ける小径だ。

 昼間は貴族たちが散策する場所だが、今は人影もなく、夕闇が花壇の縁を曖昧に溶かしている。


 石畳に落ちるクロトの足音だけが、硬く響いた。

 昼の喧騒から切り離されたような、静かな空間。


「クロト」


 名を呼ばれて、クロトは足を止めた。

 声だけで誰だかはっきりとわかる。

 小径の向こう、逆光の中に立つ人影。


「……殿下」


 式典用の礼服から、動きやすい銀の騎士服に着替えている。

 隙のない着こなし、整った琥珀色の髪。

 

 いつものグリズリッドなのに、なぜか危うげに映った。

 クロトは急いで駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


 グリズリッドの反応は鈍い。

 いつもなら間髪入れずに返ってくる言葉がない。


 クロトはグリズリッドの手を取り、揺する。


「殿下?」


 グリズリッドの目は、クロトを捉えているようで捉えていない。

 クロトは両手を伸ばし、彼の冷たい頬を包んだ。


「殿下!」


 グリズリッドはひとつ息を吐いて、目を閉じた。


「……聞こえている」


 覇気のない静かな声音でグリズリッドは言った。

 クロトはそっと両手を離す。


「何があったんですか?」


 クロトの問いに、グリズリッドは緩慢な瞬きをする。


「そんなにおかしいか」

「はい」


 クロトは即答する。

 ふ、と殿下は小さく笑って、一度大きく息を吸った。


「やっと息ができた気がする」


 そう言って殿下は両手でそっとクロトを引き寄せた。

 シダーウッドの香りが肺の奥まで満ちる。


「探したぞ」

「そのようですね、申し訳ございません」


 クロトはグリズリッドの背中に手をまわす。

 そして、母親が子どもを寝かしつけるようにゆっくりと規則的に軽く叩いた。


「疲れていないか」

「疲れてます」


 身体に巻き付いたグリズリッドの腕に力がこもる。


「そうか」


 相変わらずグリズリッドの声に覇気はない。


「お疲れでしたら、回復魔導を与えましょうか?」


 グリズリッドは緩く首を横に振った。


 夜の風が、庭園の木々を揺らす。

 花の香りがかすかに漂った。


「以前、黒魔導士は闇と契約した者だと言っていたな」


 クロトは頷く。


「契約には心臓が必要か?」


 クロトは小さく息を呑む。


「……そのようです」

「ナシェルは――自ら心臓を抉って黒魔導士になったということか?」


 殿下はクロトの肩を強く掴んで、体を引き剥がす。


「お前はいつから気付いていた?」


 クロトは怒りの色を隠さない深い青の瞳から、目を逸らすことも出来ず押し黙った。


「俺はお前のなんなんだ。聖力調整のための道具か何かか? 真実を知ったら動揺するとでも思ったか」

 

 息をすることも忘れてしまいそうなくらい、張り詰めていた。

 相応しい言葉が見つからない――


「お前が俺に隠し事をしたのはこれで二度目だ」


 何も答えないクロトに痺れを切らしたのか、グリズリッドは踵を返した。


「しばらく書庫にこもる。人を近づけるな」


 クロトに背中を向けたまま、低くそれだけ言ってグリズリッドは去っていく。


「殿下、出立は明後日になりそうですが……」


 グリズリッドは振り返らなかった。

 背中はみるみる小さくなり、やがて見えなくなった。

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