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第四十二話 嫌悪 ー王太子への階段ー

 父である国王陛下の無事を確認するため、謁見の間に戻ると、陛下は涼しい顔をしてグリズリッドに深い青の視線を向ける。


「無事だ」


 そして、笑う。


「第一王子より先に駆けつけるとは、さすがだな」


 陛下は最近、グリズリッドをよく褒める。

 真意はわからない。

 

(子どもの頃は視界にすら入れなかったくせに。何を企んでいる)


 グリズリッドはそんなことを考えていることは決して顔には出さない。

 いつものように形式的に笑い、「陛下がご無事でなによりです」と心にも思っていないことを言った。


「良い機会だ。少し話そう、グリズリッド」


 名前を呼ばれて、グリズリッドはすこし狼狽える。


「光栄です、陛下」


 彼はすぐにいつもの調子を取り戻した。


「聖女クロトは?」

「市街地で救助、修復に当たっています」

「そうか」


 それだけで、会話は一拍途切れた。


「……お前は、その身の半分に流れるアッサラートの名を、どこまで知っている」


 知っていることを全て話す必要はない。

 試しに、当たり障りのない解答をしておくか。


「古代魔導士の一族で、王国建国以前から続く、特異な血統であるという認識です」

「優等生なのだな。教科書通りの知識だ」


 陛下は嘲るように鼻で小さく笑った。


「アッサラート一族は最も神に近しい一族だ」


 昔話をするかのように、陛下は語り出す。


「聖力と魔力、その両方を制御し、聖石などという力の塊を所有する存在だからな」

「お前が降臨祭で聖女クロトの聖力と魔力を鎮圧したのは、ひとえにアッサラート一族の力を継承しているということを証明したに他ならない」

「まさかこのような結果をもたらすとは、嬉しい誤算だグリズリッド」


 嫌な予感がした。


「国民には、聖女を救った王子として映っていることだろう。婚約までして、実に美しい物語ではないか」


 陛下の話の真意が読めず、内心焦る。

 ただの世間話をするはず方ではないからだ。


 陛下は立ち上がり、窓辺へ歩いた。

 傷ついた王都を見下ろしながら、淡々と続ける。


「この度、王都を攻撃した黒魔導士を討伐した暁には――グリズリッド。お前を王太子にすることも辞さない」


 グリズリッドは息を呑む。


「そんな……」


 体裁を繕うことも出来ず、狼狽えたグリズリッドを陛下は嘲笑した。


「自信がないか? しかし、適正とは本来そういうもの。本人が望まずしても選ばれることがある――聖女クロトと同じだ」


 心臓が大きく跳ねた。

 息をするのも忘れ、グリズリッドは眼前に迫る巨大な何かに戦慄する。


 一度深く息を吸う。

 なんとしてでもこの場をうまく取り繕う。


「……すこし驚いただけです」


 なんとか、顔に笑みを貼り付ける。


「陛下が私をそんな風にご覧くださっていたと知って、胸が震えてしまいました」


 怒りで声が震えた。

 でも、陛下には本当に感動しているように見えただろう。


 何も考えないようにしているのに、脳裏には勝手に幼少期のことが走馬灯のように浮かんでは消えた。


 妾の子どもとして冷遇された日々。

 父であるこの方に、父親らしいことなどされたことはなかった。

 

 存在すら無視し、話しかけられることは愚か、視界にすら入れなかったくせに。

 死んだ母の葬儀にも出なかったくせに。

 第一王子派の過激な一派から命を狙われていたことも知っていたくせに。

 

 それを黙認して、死ねばそれまでとすら思っていたのだろう。

 使えそうだと気づけば簡単に手のひらを返すのか。


 目は嘘をつけない。

 グリズリッドは怒りを隠すために俯く。


 泣きながら死んでいった母は――

 幼い頃、暗殺者から自分を守って死んだ。

 魔剣はそのとき、母から彼へ継承されたものだ。

 アッサラートの首長が代々受け継ぐ剣の存在を、陛下はまだ知らない。


「聖女クロトは生きて戻せ」


 耳にした瞬間、違和感を覚えた。

 しかし、頭が働かない。


「……仰せのままに」


 声が、思ったよりも低く出た。

 陛下は薄く笑う。


「お前は実に頭が良い」


 グリズリッドは黙って丁寧に礼を送る。

 陛下はグリズリッドを見下ろすと、顎を掴んで無理やり顔を上げさせた。

 二つの群青の視線が互いを捉える。


「お前のその瞳は――王族の証だ。頼んだぞ、グリズリッド」


 グリズリッドは冷えた指先を思わず強く握りしめる。


「必ずや、黒魔導士と化した前聖女を討伐いたします」


 どんな顔でそう言ったのかわからない。

 そんな余裕はなく、ただ一刻も早くこの場から離れたかった。


 グリズリッドは深く一礼し、謁見の間を辞した。

 

 

 廊下に出ると、王宮の石床がやけに硬く感じられる。

 誰もいないことを確認し、グリズリッドは壁に背を預けて天を仰いだ。


 黒い竜巻の中で、微笑んでいたナシェルを思う。

 彼女は何を知って、何故心臓を抉られて死んだのか。

 黒魔導士に殺されたのだと思っていた。

 しかし、彼女自身が黒魔導士ということはどういうことなのか。


「うっ……」


 強い吐き気を催し、グリズリッドは口元を抑えて身を屈める。


 クロトに、会いたかった。

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