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第四十一話 調律 ー聖女でも魔導士でもー

 ナシェルが消え、王国全体の結界を張り続けていたクロトの緊張の糸が切れた。


「クロト!」


 前のめりに倒れたクロトを、グリズリッドの腕が受け止める。


「殿下……」


 意識はあるが、体は動きそうにない。

 グリズリッドはクロトの身体の熱に気づいたようで、小さく息を呑む。


 ここは神殿の外だ。聖石の加護は得られない。

 聖力と魔力を使用したことで、肉体に負担がかかったのだろう。

 

「お願いがあるんですけど」

「なんだ」

「怒らないでください子」

「だからなんだ」


 クロトは大真面目な顔をして、グリズリッドを見上げた。


「……さっきの、もう一度お願いします」


 グリズリッドが柄にもなく頬を赤く染め、声を張り上げる。


「状況を見て言え!」

「お願いします。聖力と魔力を制御できるかも知れないんです」


 降臨祭での感覚を、クロトは思い出していた。


「降臨祭では、手を取っただけで一時的に制御されました。でも多分、長期的に見れば手だと足りないんです」


 グリズリッドは目を細めて嫌な顔をする。


「長めでお願いします」


 言われた通り、しぶしぶ唇を重ねた。


 その瞬間。

 きん、と耳の奥で金属音が鳴った。


 額の聖痕が、淡く光る。

 同時に、殿下の右手の甲――魔剣の石が強く輝いた。


 押さえつけられるのではなく、絡み合う。


 沈められていた魔力が、聖痕を通して表層へと戻る。


 しかし暴れない。

 魔剣の石が位相を整える。


 もう一度、きん、と澄んだ音。


 今度は内側から。

 熱が、均される。


 焼けつくようだった感覚が、穏やかな波へと変わった。

 封印ではなく、調律のような。


 クロトが大きく息を吸った。

 欠けていた感覚が、ぴたりと嵌まる。


「なにが起こった」


 グリズリッドが驚く。

 クロトはすこし思案してから、静かに言った。


「殿下の石は、聖石と同質の可能性があります」


 グリズリッドは眉を顰める。


「聖石?」

「神殿の中央に、聖石と呼ばれる水晶があるんです。聖力の源です」

「アッサラート……」

 

 グリズリッドの呟きに、クロトは頷く。


「では、降臨祭のときも」

「殿下の魔石が反応したのでしょう……今のはですね、殿下の唇を媒介に、私の聖痕と殿下の石を直結させました。表層ではなく、循環系を一瞬だけ繋いだんです。――便宜上、双極位相統合とでも呼びましょうか」

 

 クロトの長い説明に、グリズリッドは一度天を仰ぎ嫌な顔をする。


「……お前は、本当に」


 呆れたように息を吐く。

 一瞬だけ、視線が揺れる。


「無事ならそれでいい」


 クロトは微笑む。


「私は、市街地へ向かいます」


 立ち上がろうとしたクロトの手首を、グリズリッドが一瞬だけ引いた。


「無茶はするな」


 それだけ言って、手を離す。

 





 夜が、ようやく明け始めていた。


 王都の空にはまだ煤の匂いが残り、朝日が差し込むたびに、砕けた石や焼けた瓦礫が鈍く光る。

 遠くでは修復魔導の光がいくつも瞬き、騎士たちの号令と、民のざわめきが低く重なっていた。


 焼け落ちた建物。

 怪我をした人々。


 聖女である今、クロトは祈りも、魔導士の回復魔導もどちらも使用できる。


 回復魔導のほうが早く確実に治せる。

 クロトはそう判断し、負傷者へ駆け寄った。


 砕けた石の下敷きになっていた男性の脚。

 骨の歪み、筋繊維の断裂、内出血。

 魔力でなぞるように状態を読み取り、構造を組み直す。


 光が走り、骨が正しい位置に戻る。

 肉が繋がり、皮膚が閉じる。


「……っ」


 男は息を詰め、次の瞬間、足を動かした。


「立てる……」


 震える声。

 驚きと、恐怖と、現実に戻った重さが混じっている。


「無理はしないでください」

 

 クロトはそう言って立ち上がる。


「聖女様……」


 振り返ると、男性は腰を折って深くお辞儀した。

 クロトは軽く会釈し、その場を立ち去った。


 


「クロト」


 名前を呼ばれて、顔を上げる。


 そこに立っていたのは、魔導士長レフランだった。

 その表情は、疲労と驚愕が入り混じっている。


「レフラン様!」


 クロトは駆け寄った。


「昨日はありがとうございました」

「私も、お前が魔導士である方が都合がいい」


 魔導士長レフランは、枯れた大樹を思わせる包み込むような笑顔を見せた。


「お前の結界のおかげで、死人は出なかった」


 それを聞いて、クロトは安堵する。


「そうでしたか」

「あれだけの広域に結界を張り続けて、なおかつ破られた箇所を即座に補強し続けるなど、並大抵の聖女ではできない」


 レフランは、クロトを真っ直ぐに見た。


「王都は存続、壊滅は免れた。クロト、お前がいたからだ」


 胸の奥が、じわりと熱くなる。


「レフラン様……」


 魔導士長レフランは、辺りを見回す。


「しかし、建物の被害は修復魔導が追いつかない」


 ちらりとクロトに視線が映る。


「最高位魔導士たちも半分以上出払っていてな」


 クロトは目を細めた。


「……手伝いましょうか?」


 魔導士長レフランは首を横に振る。


「いや、今クロトは第二王子殿下の管轄にいるからな。私の命令では――」


 クロトは息を吐く。


「命は受けていません。困っていらっしゃったので、私が勝手にやりました、という体でやって欲しいってことでしょう?」


 魔導士長レフランは疲れた顔を輝かせた。

 クロトはそれを鼻で笑う。


 立場が変わっても。

 いつだってこんなふうに仕事をしてきたのだ。

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