第三十八話 謁見 ー王子の独壇場ー
王宮の謁見の間は、久しぶりに足を踏み入れても相変わらず息が詰まる場所だった。
高い天井。
磨き抜かれた床。
左右に並ぶ重臣たちの視線。
クロトはグリズリッドの半歩後ろを歩き、自然と“付き添い”の位置に収まっている。
玉座には、国王陛下。
老いを感じさせない鋭い深い青の眼差しが、クロトとグリズリッドを同時に捉えた。
「第二王子グリズリッド。――そして、聖女クロト」
低く、よく通る声。
クロトは一礼する。
グリズリッドもまた、完璧な礼を返した。
「降臨祭、実に見事であった」
陛下の言葉に、グリズリッドは微笑む。
「恐れ入ります。ですが、本日はその件について陛下にご報告とお願いがあり参りました」
空気が、わずかに張り詰めた。
この人は何をするつもりなのか。
クロトは思わずグリズリッドの整った横顔を見るが、彼は一切こちらを見ない。
「聖女クロトについてです」
自分の名前が出ると、一層落ち着かない気持ちになった。
「本日、聖泉にて確認された現象は、聖力のみならず、極めて高度な魔導反応を伴っておりました」
重臣たちの間にざわめきが走る。
「聖力と魔力を併せ持つ存在は、教義上扱いが難しい」
グリズリッドは、そこで一拍置いた。
「ゆえに――教会の管理下に置くよりも」
はっきりと、断言する。
「王国が直接保護すべきだと考えます」
空気が動いた。
「魔導士長を」
グリズリッドは背後の騎士に命じる。
「承知いたしました」
後ろから柔らかい男性の声。
薄い橙の髪に、鳶色の目をした騎士が脳裏に浮かぶ。
クロトは何が起こるのか全く読めず、肝を冷やす。
魔導士長レフランはすぐに謁見の間に姿を現した。
近くで待機していたことが明白だった。
「ご足労いただき感謝する。魔導士長殿に彼女の今の状態をご説明願いたい」
グリズリッドは魔導士長へ短く礼を言うと、クロトを見るように促した。
魔導士長レフランは、しばらく静かにクロトを見つめてから、その大きな手を彼女にかざした。
「……複雑な状態になっています」
殿下の視線が鋭くなる。
「魔力は何者か――おそらくは教皇様によって封印されている。本来、聖女は魔力と共に後から備わった聖力を使役するため、この度の降臨祭で起こった件は聖力と魔力のアンバランスさから生じたと言って良いでしょう」
魔導士長レフランの説明に、グリズリッドは満足そうに笑みを浮かべる。
「今の魔導士長殿の話を鑑みると、教会では聖女クロトを扱いきれないのではという懸念が生じます」
グリズリッドは一拍置いて、口を開く。
「陛下、聖女クロトは教会の指示に従う存在ではありません。王国に協力する意思を持つ、自立した魔導士です」
陛下は興味深そうに頷き、玉座に肘をついて頬を付けた。
「それで?」
深い青の瞳は射るようにグリズリッドを捉える。
「まずは――聖女クロトの魔力と聖力を融合させることが先決でしょう。おそらく聖女の肉体に負担がかかりますが、後々のことを考えても魔力を封じて融合を後回しにするのは問題解決にならないと考えます」
それを踏まえた上で、と殿下は続ける。
「王国騎士団直属の魔導士として迎え入れます」
クロトは目を見張る。
「完全に最高位魔導士に戻すには、教会と魔導士との間で軋轢が生じる。しかし教会の管理下では、魔導士長殿の助力も即応できません」
グリズリッドは朗々と説く。
「そのため、王国騎士団直属の魔導士として迎え入れることを提案します」
よくもこんなに澱みなく話せるものだ。
半ば呆れて、クロトはグリズリッドを見つめるしかできなかった。
「さらに、黒魔導士は必ず彼女を狙います。ならば――守るべき位置に置くべきでしょう」
陛下は静かに頷き、グリズリッドを見据えた。
「第二王子は、なぜそこまで肩を持つ」
グリズリッドは、笑みを崩さない。
「遠征を共にし、理解しました。彼女を連れた三度目の遠征では黒魔導士との遭遇率が前回よりも四割高い。前聖女が殺された以上、彼女を狙う可能性もあるでしょう」
ほんの一瞬。
深い青の瞳が、クロトを捕らえる。
逃がさない、と告げる色。
「――加えて」
グリズリッドは、はっきりと言った。
「私の婚約者とすることを希望します」
謁見の間が、凍りついた。
――は?
思考が、完全に停止する。
「そういうことか」
陛下が声をあげて笑う。
理屈は、完璧だった。
あまりにも。
陛下はクロトに視線を向ける。
「聖女クロト。異論はあるか」
――あるに決まっている。
だが、ここは謁見の間。
王と重臣の前。
クロトは一瞬グリズリッドを睨みかけて、ぐっと飲み込んだ。
「……陛下の御裁量に、お任せいたします」
自分でも驚くほど、冷たい声が出た。
陛下は、クロトとグリズリッドを交互に見てから、ゆっくりと頷く。
「よかろう。聖女クロトは王国騎士団直属魔導士として、第二王子の庇護下に入れる」
グリズリッドは深く礼をした。
「感謝いたします、陛下」
――この人。
私の人生を、公式にひっくり返したわね。




