第三十六話 奪還 ーやられたらやり返すー
クロトはしばらく、群衆へ華やかな笑顔を向ける第二王子殿下――グリズリッドの横顔をぽかんと見つめていた。
なぜ、グリズリッドは自分の魔力を抑えられたのだろう。
なぜ、あの魔力の暴走ともいえる事態を瞬時に収め、こうまでも綺麗に収束させられるのか。
式典用の白い正装に身を包んだ姿が眩しい。
「笑え」
クロトを見ずにグリズリッドが短く言った。
その高圧的な言い方がやけに懐かしく思えて、クロトは慌てて下を向く。
「私は殿下のように胡散臭く笑えません」
言葉は裏腹に憎まれ口を叩いてしまう。
鼻を少し啜ると、グリズリッドはクロトを見た。
「泣くほど嬉しいか」
俺に会えたことが。
不敵に笑ったグリズリッドに、クロトも笑う。
「まさか。氷の上が寒かっただけです」
グリズリッドは一度驚いた顔をしてから、また微笑んだ。
「初めて笑った顔を見たな」
その笑顔があまりにも優しくて、クロトはそっぽを向く。
「ちょっと、だけですよ」
「何が?」
「会えて……その、ちょっとだけ、嬉しい、です」
グリズリッドはクロトの顔を覗き込む。
「顔が赤いし、目が潤んでる」
「寒いせいです!」
歓声はまだ続いている。
祝福の声。
奇跡を讃える祈り。
氷の舞台から降りた二人は、すぐに神官たちに囲まれた。
神官たちは一斉に殿下に跪く。
「第二王子殿下、素晴らしい機転を賜りありがとうございます」
教皇サーディスが笑顔を貼り付けて近寄る。
グリズリッドは瞬時に社交モードに切り替えて微笑み返した。
「とんでもない。困っているように見えたので慌ててしまったのだが、出過ぎた真似をしなかっただろうか」
ひとっつも心のこもっていないグリズリッドの言葉に、クロトは吹き出しそうになるのを我慢する。
「聖女様も、短時間でご準備されましたので力の使い分けがうまくいかなかったのでしょう」
全てこちらの責任にしようとするわけですね。
クロトは嫌な顔をする。
「さあ聖女様、お疲れでしょう。こちらへ」
さっさとグリズリッドと離そうと、サーディスはグリズリッドとクロトの間に割り込む。
「お体を冷やしてはなりません」
そう言って、教皇サーディスは彼女の肩を抱く。
「教皇猊下」
背後のグリズリッドの声がやや硬く響く。
クロトとサーディスはその声に導かれて振り返った。
グリズリッドは完璧な笑みを浮かべて言い放つ。
「陛下が、聖女クロトをお呼びだ」
一瞬、時間が止まった。
サーディスがわずかに眉をひそめる。
「陛下、が……ですか?」
聞いていない。
彼の顔にはそう書いてある。
「……承知しました」
サーディスは不承不承そう言うしかない。
グリズリッドは次にクロトのほうを見た。
深い青の視線が絡む。
ほんの一瞬。
笑顔の奥で、鋭い光がきらめいた。
グリズリッドは颯爽とクロトに歩み寄り、騎士の礼を送る。
「聖女殿。もしよろしければ、私に貴方という花をエスコートする名誉をいただけませんか」
そう言って、優雅な所作で手を差し出した。
クロトはその手のひらを見つめてから、小さく笑う。
「光栄です、第二王子殿下」
そう答えて彼の手を取った。
回廊を歩きながら、グリズリッドは一切こちらを見ない。
神官たちの視線を意識しているのだろう。
「あの」
「なんだ」
「舞は……見てましたか?」
グリズリッドは前を向いたまま、一拍置いた。
「綺麗だった」
ぽつりとストレートに言われ、クロトの心臓が跳ねて暴れる。
「誰にも見せたくないと思ってしまうくらい」
声音は静かだ。
怒りをはらんだ底冷えするほどの静けさ。
「思わず取り返さざるを得なくなってしまった」
堂々と、公式に。
クロトは目を瞬く。そして、ふと頬を緩めた。
助けた、と言うにはあまりにも不器用で。
グリズリッドはクロトの手を取ったまま歩みを止めない。
神官たちの視線を集めながら、堂々と神殿を抜けていく。
神殿を出ると、王家の紋章の入った馬車が止まっていた。
当然のように出されるグリズリッドの手を取って、クロトは馬車に乗り込んだ。
向かいに座るかと思ったグリズリッドは、クロトの隣に腰を下ろす。
「……本当に陛下がお呼びなのですか?」
クロトが隣のグリズリッドを見つめると、彼は黙って彼女の腰に手を回して引き寄せた。
クロトはグリズリッドの胸板に手をつく。
「会いたかった」
グリズリッドはそう言って、華奢な身体を抱きしめた。




