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第三十四話 前夜祭

 いよいよ、降臨祭が明日に迫った。

 神殿の最奥――「聖泉の間」に客席を入れ、聖石を移動させた上で本番同様の通し稽古が行われる。

 明日はここに、王族、貴族、一部の民衆と多くの人が集まる。


 クロトは水の上に立ち、静かに聖石を見据えていた。

 本番と同様、聖石に接続し魔力と聖力を循環させる。

 聖石は強く光り、クロトの額の聖痕も呼応するかのように銀色に光り出した。


 音楽が鳴り出し、クロトは舞う。


 舞が終わった瞬間。

 接続の切れた聖石が一瞬だけ強く光った。


 空気が震える。


 しかし次の瞬間、何事もなく収まる。

 まるでそんな現実などなかったかのように。


 教皇サーディスが拍手をしながら近寄る。


「素晴らしいです、クロト様」


 明日もよろしくお願いします、とだけ言って、サーディスは去っていった。


「……今の、見ました?」

 

 即座に近寄り、小声で呟いたフェイに、クロトは静かに答える。


「ええ……」




 


 自室に戻ったクロトはぐったり横たわり、フェイから回復魔導と浄化の印を施してもらった。


「僕が言うのもなんですけど、がんばりましたね……びっくりするくらい下手でしたもんね」


 この一週間というもの、クロトは聖泉の上で舞う《聖女の舞》を、文字通り死ぬ気で叩き込まれてきた。


 貴族が嗜む社交舞踏とは、まるで別物だ。

 動き自体は単純なのに、美しく見せるためには、指先の角度ひとつまで神経を張り詰めなければならない。

 体幹がぶれれば即座に崩れる。

 地味なのに、思った以上に過酷だった。


 そもそもダンスが苦手なのだから飲み込みも遅い。

 運動神経は良い方だけど、苦手なものは苦手だ。

 仕方がないから量をこなすしか考えが浮かばず、自室に戻ってからもずっと練習を続けてきた。


 一週間でよくぞここまでと、舞いの先生も言ってくださった。

 クロトもそう思う。自分で自分を称えたい。


 クロトは寝台の上でぐったり横たわりながら、フェイの祈りを受ける。


「最善は、尽くしました……」


 身体の疲れが徐々に癒やされていく。

 その心地よい感覚に微睡みそうになる。


 外は、賑やかなはずだ。

 王都では今頃、前夜祭が始まっている頃だから。


 遠く、かすかに音が届く。

 楽器の音。

 人々の笑い声。

 歓声。


 壁越しに、祝祭の気配だけが流れ込んでくる。


「なんだか楽しそうですね」

「クロト様は行ってはダメですよ」


 フェイの言葉に、クロトは小さく笑う。


「行きませんよ」


 フェイは浄化の印を与え終えたのか、くるりと踵を返す。


「こちらが降臨祭の衣装です」


 そう言って真新しい白いローブをテーブルの上に置いた。

 ちらりとローブを見る。

 絹でしつらえた衣装だろうか、艶やかな白い生地にところどころ白いレースの切り替え部分が施されている。

 上品な花嫁衣装にも見えた。


「着替えの手伝いが必要だと思うので、女性の白魔導士たちが朝参ります。身を清めていただき、再び浄化の印を受けてからお着替えください」


 声変わり途中の少年の声で淡々と紡がれる業務連絡に、目を閉じながら黙って耳を傾ける。


「それから……こちらが頼まれていたものです」


 フェイはそう言って、明日の衣装の横に何かを置いた。

 クロトは目を開け、むくりと上体を起こす。


「見せてください」


 フェイは綺麗な金色の薄紙に包まれたものを手渡してくれた。


 クロトはそっと臙脂のリボンを解き、薄紙の中を確かめる。


 金糸の刺繍が入った、群青の絹でできた香袋。

 クロトは目を輝かせる。


「気に入ってもらえましたか」


 フェイは照れたように頬を赤らめ、視線を逸らす。

 クロトは何度も頷いた。

 

「はい、思った以上に素敵です」


 こんな風に作ってもらってほしい、とだけフェイに伝えたのだが、自分で思い描いたよりも良い出来だ。

 良い仕立て屋に頼んでくれたらしい。

 フェイの美的感覚に舌を巻きつつ、クロトはそっと香袋の香りを確かめる。

 豊かなシダーウッドの香りが鼻腔に深く甘く広がっていく。


 香りと共に、脳裏に鮮やかに彼の姿が浮かんだ。

 琥珀色の髪に、深い青の瞳。

 女性のように美しい顔立ちなのに、鋭利な刃を思わせる人。

 まるですぐ手の届くところに存在しているかのように、彼の熱までも蘇る。

 

「ありがとう。これで……心を強くいられそうです」


 香袋を大事そうに両手で握りしめ、クロトはフェイに礼を言う。

 フェイは目を瞬いてから少年らしく笑った。


「そんなものなくても、クロト様はお強そうでしたけどね」



 それでは、とフェイはすぐに部屋を出て行った。


 静かな神殿の中、遠くなっていくフェイの足音だけが小さく響く。


 クロトは布団の中でフェイの足音を見送りながら、香袋を撫でた。


 殿下と離れて、もう二週間ほど経つだろうか。

 殿下の姿は思い出せるのに、声の記憶が曖昧になっていくことに気づく。

 脳は、聴覚情報を視覚や嗅覚よりも先に忘れやすい傾向があると聞いたことがある。

 よく響く、すこしだけ鼻にかかった低い声が懐かしく、恋しかった。


(明日は、殿下も参列される……はず)


 香袋を握ったままクロトは意識を手放した。

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