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第三十一話 密談② ー深まる謎ー

 脳内で残酷な仮説が成り立った。

 クロトは小さく息を吐き、ちらりと簡素な自室を見渡す。


「今更ですけど、座りませんか」


 椅子を勧められ、フェイは素直に腰掛けた。


「水しかないんですけど……」


 机に置かれたガラスのピッチャーに視線を送ったクロトに、フェイは首を横に振って制した。

 

 クロトは、部屋の隅に置かれた椅子を片手で持ち、フェイの側に置く。

 クロトが椅子に腰掛けるのを待ってから、深刻な顔をしたフェイは口を開いた。


「……僕には、イヴという名前の双子の弟がいるんです」


 クロトは小さく頷いてみせる。


「あいつは、生まれつき魔力量が異常に高かった。でも心臓が弱くて、体も弱くて。聖石の側で鎮静の加護を受けていないと生きられないと言われてきたんです」


「それって……私の状況と似ていますか?」


 魔力が高く、受け取る聖力も高ければ、肉体への負担も急に大きくなる。

 クロトは健康体だが、それでも身体の拒絶反応は命に関わった。

 生まれつき身体の弱い者なら即耐えられないだろうとクロトは思う。


「ええ、その通りです。違うのは、イヴは聖石の力を安定させるための核にされているところです」


 クロトは目を細める。

 

「僕が媒介として働かなければイヴへの鎮静の加護が止められる……」


「人質、というわけですか」


 フェイは菫色の瞳に涙を溜めて頷いた。


「……人殺しに加担するのはもう……うっ……!」


 顔を顰めて、呻いたフェイが自分の左腕を右手で強く掴んだ。

 クロトは席を立ち、フェイに駆け寄って跪く。


「どうしました」


 フェイの手を取り、白いローブの袖を捲り上げた。


 細い左腕の聖紋が淡く光る。

 次の瞬間、フェイは苦しそうに腕を押さえた。


「契約印……?」


 クロトが低く呟く。


「教会に逆らう発言をすると……ぐっ」


 フェイは歯を食いしばった。

 クロトは目を細める。


「随分と雑な術式ですね」


 クロトがフェイの腕の痣をなぞると、冷たい魔力が走り、絶え間なかった激痛が霧散する。


「な……っ」


 フェイはぎょっと目を剥く。


「何をしたんですか!?」


 クロトは頷く。


「聖石を経由して、どの程度魔力が使えるのか試してみたんです」


 さらりと言うクロトに、フェイは驚愕の色を隠せない。


「僕で実験しないでください……。元はと言えば、貴女が聖女になってから僕の負担が格段に上がったんですから……」


 がくりと肩を落としたフェイに、クロトは笑う。


「今、あなたの回路に私の魔力で偽の膜を張りました。これからは聖石に吸われる瞬間に、私の魔力が緩衝材となるはずです。ただ教皇には、今まで通り苦しんでいるフリをしてください」


 色々と面倒臭そうなので、とクロトは締め括る。


「そんなことが……できるなんて」


 耳を傾けていたフェイは、自分の腕をまじまじと見つめ、驚きを隠せない表情で小さく呟いた。


「これでも最高位魔導士なんですよ」


 そう言って、クロトは立ち上がる。

 

「王国が統一された時に、聖石は教会の管理になったと言いましたね?」


 湖水のような、青い空のような瞳に見下ろされ、フェイは黙って頷く。


「アッサラート一族の力を、王国は手に入れた……。でもアッサラート一族を酷使することには躊躇ない」


 クロトは独り言のように呟く。

 青い瞳は虚空を眺めるかのように遠かった。


「フェイ君」


 急に呼ばれ、フェイは細い肩を震わせる。

 その肩にクロトは手を乗せた。


「私と聖石の仕組み、調べてみません?」

「たぶんですけど……死にますよ?」


 聖石に食い殺されるのが先か、教会か王国に消されるのが先か。


「死なば諸共……一蓮托生……運命共同体ってやつです」

「……どうして僕にそんなこと言うんですか。魔導士ってそんなに人手不足なんですか?」


 むくれたフェイが横を向く。


「ここまで関わってしまって、聖石を調べないのは私らしくないと言いますか……。気になるじゃないですか」


 聖石がアッサラート一族のものならば、アッサラートの人間がいた方がいいに決まっている。


「お一人で調べてください。僕はまだ若いので死にたくありません」


 つれない少年の言葉に、クロトは唇を尖らせる。


「……そうですか」


 ちらりと青い瞳でフェイを睨め付けた。


「じゃあ、さっきの助けて、は……なんだったんです?」


 フェイは嫌な顔をしてクロトに視線を送る。


「現状を打破したいから溢れた言葉なのかと思ったのですが」


 クロトは首を傾げた。


「動かないと、世界は変わりませんよ? 少年」


 そして不敵に笑う。

 フェイはその笑顔を呆然と見つめた。


「まあ、こちらもその気になったら声かけてください」


 そう言って、クロトは椅子から立ち上がる。

 立ち上がった彼女をしばらくぼんやりと見上げていたフェイは、次の瞬間慌てて立ち上がる。


「しっ……失礼します!」


 着替えをしたいのだと思ったのだろうか。

 ばたばたと音を立てて退室した少年を見送ったクロトは、一度目を細めた。


 聖石。

 黒魔導士。

 教会。

 アッサラート一族。


 そして――ナシェル。


 まだ辿り着けない。

 あとすこしで手が届きそうな気がして、クロトは細めた目を閉じ、大きく息を吐いた。

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