第二十八話 教育②
次の講義は、前回よりも小さな部屋で行われた。
水晶の壁は同じだが、天井が低い。
圧迫感が増したせいか、空気がわずかに重く感じられる。
円卓はなく、椅子が一脚だけ中央に置かれていた。
周囲には立ったままの無表情の神官が三名。
その後ろ、壁際にサーディスとフェイが控えている。
「本日の講義は、実務に関する内容です」
前回と同じ年配の神官が告げる。
声は変わらず淡々としていた。
「聖女様には、いくつかの制限を受け入れていただきます」
来ると分かっていた話だ。
「第一に、神殿の外へ出る際は、必ず教会の許可を得ること」
神官は、手元の水晶板に触れる。
淡い光が走り、文字のような紋様が浮かび上がった。
「外出は、原則として神殿敷地内に限られます」
「例外は、国家的行事、または教皇が必要と判断した場合のみです」
神官たちは事務的に続ける。
「第ニに、単独行動は禁止です。常に監督役が付きます」
クロトは目だけ動かしてフェイを見る。
彼は視線を逸らさなかった。
「第三に、外部との文通、伝言、魔導通信はすべて制限されます」
胸の奥がかすかに疼いた。
グリズリッドの顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
「必要な連絡は、すべて教会を通して行います」
「内容も?」
「――確認させていただきます」
クロトは、ゆっくりと息を吐いた。
ここまで来ると、清々しいほどだ。
「質問はありますか」
神官に促され、クロトは口を開く。
「もし――」
言葉を選びながら、続ける。
「これらの制限に従わないと言ったら?」
部屋の空気が、瞬時に冷える。
年配の神官は、すぐには答えなかった。
まるで、その問い自体を測るように静かな眼差しでクロトを見る。
「……聖女様」
穏やかな声で口を問う。
「それは、仮定のお話でしょうか」
「どうでしょう」
クロトは目の前にいる神官たちから目を逸らさない。
そして薄く笑った。
「では――試してみますか?」
クロトが右手を動かした瞬間、壁際にいたフェイの気配が消える。
(速い――)
聖石によって抑え込まれた魔力を使役するのは、以前までの感覚とわずかに異なるようだ。
魔導の展開がいつもより遅れる。
その微妙な遅れが、決定的な差となる。
反応が、間に合わない。
手首を掴まれた瞬間、魔力が封じられて指先から零れていく。
(……抑えられた)
クロトは目を細め、背後を振り返る。
同じ高さの菫色の目線。
そこには明らかな怒りの色がある。
(転移魔導……。それにこの制御――)
そのまま腕を引かれ、上体ごと椅子に押さえつけられた。
ぎり、と手首を更に強く握られ――骨に軋む感触が走る。
「……っ」
喉の奥で潰れた音に、フェイは眉間に皺を寄せ、力を緩めた。
「――従っていただけない場合」
神官の抑揚のない声が、何事もなかったかのように不自然に割り込む。
「聖女様を守るための対応を取ります」
遠回しで曖昧な回答に、クロトは顔を顰めたまま目を細める。
「……具体的には?」
問うと、神官を手だけで制したサーディスが一歩前に出た。
「クロト様のように反抗的な聖女様はいらっしゃらなかったものですから……あくまで仮定、のお話になります」
サーディスは、ほんの少しだけ笑みを深くした。
「聖女様のご負担が最小限になる形で――休んでいただきます」
彼らは実に曖昧な表現を好む。
「眠らされる……しかも封印に近い、というところでしょうか」
クロトは、あくまで冷静に尋ねた。
「そのような解釈でよろしいかと」
サーディスはそう言って、微笑んだ。
背筋に、遅れて冷たいものが走った。
「……眠っていては、実務の役目は果たせないのでは?」
クロトは切り込む。
「それとも――聖女の職務とはその程度のものですか?」
神官の一人が抑揚のない声で言う。
「お言葉がすぎます」
再びサーディスがその神官に手を軽く挙げて制止の合図を送った。
「眠っていても、貴女は聖女です。民は“そこにいる”という事実に救われるのですから」
象徴としての聖女……ね。
「聖女の実務は誰が代わりに行うのです?」
サーディスは半ば観念したように口を開く。
「実務は――他の者が行います。祈りを代行する神官もいますし、儀式を補助する装置もあります」
クロトはさらに追求の手を止めない。
「ごめんなさい、性分なので」
そして、やっぱり切り込む。
「では、聖女は誰でもいいですよね?」
さすがのサーディスも頬を引き攣らせた。
「随分乱暴な言い方をされますね……」
でも笑顔はやめない。
「条件を満たす者が良いのです。そして――貴女ほど適合した存在は、そういません」
クロトはすこし思案してから、自分の中で出した結論をぶつけた。
「半年間聖女不在でも、本当は全然困ってなかったわけですね」
「クロト様、お言葉を慎みください」
神官はわずかに語気を強めて嗜めた。
クロトは笑う。
「だから再三言ったじゃないですか。私には向いてないって」




