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第ニ話 曲者 ―王子と騎士の二面―

 聖女選出の間を出ると、第二王子グリズリッドは振り返りもせず歩き出した。

 追うしかない距離だ。


 歩幅が違う。小走りで間を詰める。


「……殿下」


 呼びかけると、足音が止まる。

 振り返った横顔は、先ほどまでの笑みを落としていた。


「何だ」

「先ほどは」


 言いかけて、言葉を選ぶ。


「……助かりました」

「助けた覚えはない」


 間を置かず返される。


「お前が望んだだけだ」


 視線が刺さる。測るような目。

 不機嫌そうな、人を寄せ付けない口調。


「聖女を拒むほど、魔導士でいたい理由がわからない」

「だから、性に合っているだけです」


 わずかな沈黙。


「それ以上の理由が必要ですか」


 問い返すと、グリズリッドは目を細めた。

 何かを見極めるように、ほんの一瞬だけ。

 静かに前を向き、グリズリッドはまた歩き出す。

 クロトはその背を追った。


「前の聖女が死んで、半年だ」


 独り言のような声だった。


「もう次を立てる話になっている」


 淡々としている。

 まるで他人事のように。


「聖女は替えがきく」


 でも、と彼は続ける。わずかに声が落ちた。


「――ひとりの人間なのに」


 指先に力が入る。

 顔に出ないよう、唇を引き結んだ。


「何か言いたげだな」

「いいえ」


 王子はそれ以上は踏み込まなかった。

 ただ一度、視線だけが落ちてくる。

 見透かすように。



「ちょっと二人とも、待ってくださ〜い」


 間延びした男性の声に呼び止められ、振り向くと橙の髪の騎士が足早に近づいてきた。


「殿下、また勝手なことを……! 出発は明日なんですよ?」


 騎士は顔を顰めて唇を尖らす。


「彼はレイド。騎士団『蒼穹』の騎士団長だ」

「よろしくお願いします」


 クロトがお辞儀をすれば、彼は人の良さそうな顔でにこりと微笑む。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 しかし、目尻の垂れた鳶色の目は笑っていない。

 素早く視線はグリズリッドに戻る。


「魔導士殿も同行されるとは想定外でして」

「問題ない」


 王子が遮る。


「俺の馬に乗せればいい」

「ええ? 殿下の?」

「ああ」


 短く区切ったような話し方。

 選出の間での人物と同じ人間とは思えない変わりようだった。

 これは軍人としての顔なのかも知れない。


「話は終わりだな」


 それだけ言って、グリズリッドは去っていく。



 


 廊下に残されたクロトとレイドは、ゆっくり顔を見合わせた。


「はー、すみませんねえ。びっくりしたでしょう? 第二王子殿下は二面性がおありなんで」

「ああ、ええ、そうですね」

「クロンクヴィスト公爵令嬢――いや、魔導士殿は、社交界には顔を出さないって有名ですからねえ。殿下は社交界用のお顔を分けていらっしゃるんですよ」


 グリズリッドの姿が見えなくなってから、レイドはするりと距離を詰めた。


「……お耳拝借」


 そふそふと耳朶に吐息をかけられ、再びクロトの肌が泡立つ。


「前の聖女――ナシェル様の件です」


 クロトは目を細める。


「あなたの代わりに亡くなった」


 指先が動くよりも早く、魔力が奔った。

 素早く距離を取り、右手には複数の火花を爆ぜさせる。       

 いつでも攻撃魔導が放てるよう構えるクロトを、レイドはやだなあと笑いながら、降参とばかりに両手をあげてひらひらさせた。

 

「ナシェル様の死因をご存知……ですよねえ?」


 指先が無意識に握り込まれる。


「生きたまま心臓を抉られていたとのこと。むごいことです、おかわいそうに」


 クロトはゆっくり息を吸った。

 その程度の話なら、すでに知っている。


「……レイド様」

「様なんて、やめてください。クロンクヴィスト公爵令嬢……いや、竜狩りの最高位殿」

「ではレイドさん。その話はここまでにしましょう、任務の準備を進めてください」


 自分でも驚くほど、声は静かだった。

 レイドはにこりと目を細めて笑う。


「失礼。我々もわからないことがたくさんありまして。何かご存知のことがあれば情報共有いただけると助かります」


 クロトは彼を睨む。

 飄々として抜け目のない狐のような男だ。


「黒魔導士討伐に行くのはこれで三度目なんです。殺された魔導士たちも見てきましたが、皆一様に心臓を抉られていました」


 前聖女ナシェルと同じように。

 クロトは一度目を閉じて、改めて開く。


「ひとつお聞きしたいのは……」


 レイドは口元だけ笑う。


「仲間があんなに殺されているのに、魔導士たちは動かない」


 微かに首を傾ける。


「これは何故でしょう。そして、何も知らない、そんなことあります?」


 クロトは静かにレイドを見据える。


「あなた方が三度無駄な遠征に出ている間に、魔導士たちは竜を狩っていただけの話です」

「情報共有する気はないってことですか。仕方ないですねえ」


 無邪気にも聞こえる声音でそう言うと、レイドは続ける。


「気が変わったらいつでもどうぞ」


 それだけ言って、レイドはくるりと背を向けた。


「最高位魔導士の心臓を囮にするつもりなんですか?」


 先に歩き出したレイドの背中に、クロトは問う。

 彼一度足を止め、すこし顔を向ける。


「さあ、どうでしょう」

 

 そして、再び歩き始めた。

 靴音の響く廊下を、クロトはしばらく見つめていた。


 ――その黒魔導士が、ナシェルを殺した可能性がある。

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