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第三話 出立 ー交錯する思惑ー

 夜明け前の空気は冷たく、吐く息が白く滲んだ。

 城門前の広場には、すでに騎士が集結している。


 第二王子が持つ騎士団『蒼穹』――ざっと見る限り二十代くらいの若い騎士が多い。


 鎧が擦れる音、馬のいななき、低く交わされる声。

 それらが澄んだ空気に溶け込み、張りつめた気配を作っていた。


「……あの女、魔導士らしいぞ」

「竜狩りの最高位、だとよ」

「女一人入って何が変わるんだか。しかし美人だな」


 ひそひそとした声に、小さな笑いが混じる。


「公爵令嬢らしい。お前じゃ相手にされないさ」

「けっ、お貴族様か」

「花でも愛でて紅茶でも飲んでりゃいいものを」


 どっと、無遠慮な笑い声が広場に広がった。


「どこの家門だ」


 よく通る声が落ちた瞬間、ざわめきが一斉に止む。


「口はいいから、手を動かせ」


 第二王子グリズリッドはそう言って騎士たちを一瞥し、それ以上何も言わなかった。


 次に、グリズリッドの視線がこちらを射抜く。


「お前も、そこで突っ立っているな。早く乗れ」


 短く告げられ、クロトは大型の黒い軍馬に跨るグリズリッドをおずおずと見上げた。

 銀糸の刺繍が施された上着が、琥珀色の髪に映えている。

 鎧を身につけていないのが少し不思議で、詳しくないクロトは首を傾げた。


 グリズリッドは手を差し出すこともなく、深い青の瞳で冷たく見下ろしてくる。


「失礼します」


 周囲の空気が、再びざわついた。

 ――まさか、殿下の馬に同乗するとは思わないだろう。


「……それは魔導士の制服か」

 

「え?」

 

「なぜそんなに丈が短い」


 苛立った口調で問われ、クロトは自分の足元を見下ろした。

 軍服のような装飾の羽織の隙間から、太ももが覗いている。

 確かに、スカート丈は膝よりかなり上だ。


「動きやすいから、ですかね?」


 首を傾げると、グリズリッドは溜息をついた。


「何しに来たんだか」


 呆れた声音に、どう思われているのかがはっきり伝わる。

 

「別に私の趣味ではなく、支給品だから着ているだけです」


 その返答に機嫌を損ねたらしく、形の良い眉が吊り上がった。


「二度言わせるな。早く乗れ」


 ――実は、魔導士は馬に乗らない。

 乗り方が分からない、とも言い出せず、考えを巡らす。


 クロトは右手で風の魔導の印を結んだ。

 足裏の感覚がふわりと薄れ、身体が浮く。

 グリズリッドと正面で目が合う高さまで上昇し、静止した。


「前に座った方がいいですか? それとも後ろ?」


 グリズリッドは苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らす。


「……前だ」


 そう言って、左手で握っていた手綱を離した。


「では、失礼いたします」


 よいしょ、と馬の背に腰掛け、横座りになった瞬間。

 グリズリッドの背筋が、ぴくりと強張る。


「馬鹿なのか! 全速力で走るんだぞ! 妙なところで公爵令嬢らしさを出すな! そんなものは捨ててしまえ!」


 耳元で怒鳴られ、きんと耳鳴りがした。


「確かに、跨ると見えちゃいますかね」


 困ったように眉をひそめ、クロトはどこからともなく出した黒い魔導士のローブを腰に巻いた。


 グリズリッドは何も言わず、手綱を握り直す。



 


「おはようございまーす」


 胡散臭くにこにこしながら橙の髪の騎士が近寄る。


「では、これより騎士団は偵察を兼ね、王都周辺を巡回しつつ北の大地を目指します」


「今回の相手は、例の“心臓狙い”です」


 レイドが軽い口調で言う。


「今月だけで十件以上。被害はすべて魔導士――しかも中級どまり」


 クロトの視線がわずかに動く。


「妙だと思いません?」


「何がだ」


 グリズリッドが短く返す。


「上を狙えばいいのに、そうしない。まるで――」


 レイドは一拍置いて、クロトを見る。


「選んでるみたいですよね」


 クロトは視線を逸らさない。


「……魔導士側では、どう見ているんです?」


 探るような声。


「さあ。私は黒魔導士ではないので」


「同じ魔導士じゃないですか」


「非なるものです」


 レイドは目を細める。


「冷たいなあ。同じ任務なのに」


「魔導士は単独で動きます。干渉は不要です」


 ぴたり、と空気が止まる。

 レイドの笑みが、ほんの僅かに深くなる。


「へえ」


 声が落ちる。


「でも、死んだ連中は何人も固まっていましたけど」


 クロトは二度瞬きをする。


「単独任務をするのは高位魔導士からです。中級魔導士たちは複数で任務をしますから、費用対効果が高いのかも知れませんね」


「なるほど」


 にこりと笑う。


「なるほど。見捨てる基準は決まってるんですね」


 クロトは青い瞳を細めた。


「どちらでもいい」


 響きの良い声が割って入る。


「敵が一人だろうが、十人だろうが――」


 一瞬だけ視線が落ちる。


「駆逐するのみだ」


 次の瞬間、馬が動き出し、バランスを崩したクロトは思わず後ろへ傾いた。

 背後のグリズリッドに、体を預ける形になる。


(近い……落ち着かない)


 居心地の悪さを覚えて身じろぎするが、どの位置も変わらず、クロトは諦めて大人しくすることにした。


 馬が歩を進め、城門が開く。


 騎士たちの視線を四方から感じながら、クロトはただ前を見据えるよう努めた。

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― 新着の感想 ―
クロトミニスカ(; ・`д・´)ゴクリンコ 文字数がとても読みやすい量で さくさくいけました!! 聖女断って魔道士をいくんですね! 今後の展開が楽しみです(●´ー`●)
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