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第一話 辞退 ー聖女、お断りいたしますー

「素晴らしい! このような強い聖紋は初めて拝見しました」

 

 白い石造りの部屋に、教皇の興奮した声が響く。

 桶に溜まった聖水に両手をかざせば、溢れんばかりの光が祈りの紋様を描きだした。

 クロトはそれを実に冷めた目で見つめる。

 視界の端では、公爵席に座る父が満足げな笑みを浮かべているのが見えた。


「……さあ、聖女の任をお受けいただけますね?」


 教皇が目を弓なりに細めて問う。

断られることなど微塵も疑っていない、独善的な慈愛の笑みが鼻につく。

 この場に集まった王族や貴族たちの視線が、「名誉を受け入れろ」と無言の圧をかけてくるようだ。


 クロトは一つ息を吐いた。


「――お断りいたします」


 一瞬で世界が、空気が凍りつく。


「は?」


 誰かが言葉を失い、誰かが眉をひそめる。

 父の青い目が大きく見開かれるのが見えた。


「理由を。王国魔導士最高位、クロト・クロンクヴィスト殿」


 クロトは視線を上げ、教皇を正面から見つめる。

 先ほどまで穏やかに微笑んでいた顔が不満げに歪んでいる。


「魔導士で在り続けたいからです」


 はっきりと告げると、教皇は嘲笑を浮かべる。


「前聖女ナシェル様がお亡くなりになった今、あなたの力は王国のために……」


 同じ聖女候補だった、前聖女ナシェル。

 彼女の名前が他人の口から紡がれた瞬間、即座に頭が冷える。

 

「魔導士として王国のために使います。それでは足りませんか?」


 教皇は、ぐぬっと声を上げて不服そうに口を閉じた。


「魔導士であるほうが王国のためになると申し上げているんです」

 

 聖女選出の間にざわめきとどよめきが広がる。

 不敬、傲慢、若さゆえ、そんな言葉が囁かれる。


 でも、不思議と心は静かだった。

 彼女の訃報を知った、あの日と同じように。

 聖女になれば、国から出られない。

 ナシェルの死の真相にも辿り着けない。


「ご納得いただけないようですので――」


 静かに上げた右手からばちんと大きな破裂音を立てて、大きな火花が飛んだ。


「ひいっ!」


 教皇は青ざめて悲鳴をあげ、飛び上がると素早く後ずさる。

 

「こ、ここは聖なる場ですよ! こんな暴力! こんなこと許されるはずが――」

「ないですよね? ほら、聖女には適さないでしょう」


 クロトは「聖女に相応しくない」と言質を取るため教皇に詰め寄る。


「そこまで。陛下の御前だ」


 頭上で響きの良い声がしたので、顔を上げる。

 ずいぶん高いところから深い青の双眸がクロトを見下ろしていた。

 第二王子殿下――グリズリッド・ロベス・サフィアーノだ。

 

 琥珀色の髪に、深い青の瞳。

 女性のように整った顔立ちだが、恵まれた体躯と鋭い青の瞳が、決して彼を弱々しくは見せなかった。


「第二王子殿下……!」


 教皇は、殿下の背中の影に隠れるように下がる。


「聖なる乙女を選出する儀式の最中、火花を散らせて教皇を脅すとは不敬の極みだな」


 随分色気のある笑い方をする男だ。

 不適でいて、余裕がある。


「そんなに魔導士として生きたいのか?」


 試すような声音だった。

 彼の問いにクロトは頷く。


「性に合っているというだけです」


 彼は満足そうに微笑んだ。


「確かに、その鉄面皮みたいな顔は魔導士そのものだ。聖女らしくはない」


 サフィアーノ王家の人間だけが宿す、青い宝玉のような群青の瞳がまっすぐにクロトを見つめる。

 深い青が突き刺さるように鮮やかに思えて、クロトは思わず目を逸らした。


「五匹目の雪竜を倒してきたばかりだそうだな」


 微笑んでいるのに、そうでない何かを感じる。


 俯いたクロトを追い詰めるかのように、背の高い殿下は腰を折り、よく響く低い声で囁いた。


「竜狩りの女魔導士か――気に入ったぞ、クロト・クロンクヴィスト」


 耳元に吐息をかけられ、思わず肌の表面が泡立ち、背筋に悪寒が走る。


「……さすが放蕩王子と呼ばれるだけはありますね」


 反射的に距離を取るために左足を引いたクロトを、殿下は逃さない。

 距離は再び縮まり、今度はまた正面から見つめられる。


「離れていただけませんか」


 負けじと睨む。

 ほんの一瞬、殿下は目を細めた。

 その青のあまりの冷たさに内心たじろいだが、隠すようにまた彼は微笑えむ。


「なかなか肝が座っている」


 高らかな声で、周りの人に聞こえるように言うと、殿下は振り返り、優雅な所作で国王陛下に礼を送る。


「陛下。この魔導士、私に貸してください」


 陛下は、グリズリッドと同じ色の瞳を細めて頷く。


「黒魔導士討伐に連れていくといい」


 頷く陛下の言葉に、クロトはわずかに目を見開く。


 ――願ってもない。

 黒魔導士を追えば、ナシェルの死に近づけるに違いない。


「王国魔導士、クロト・クロンクヴィスト」


 陛下に名を呼ばれ、クロトは姿勢を正す。


「第二王子グリズリッドに随行し、黒魔導士討伐ならびに王子の護衛を命ずる」

「仰せのままに、陛下」


 クロトは国王陛下に魔導士の礼を送った。

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