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第十九話 広間

「すこし気分が悪くなりました」


 うわずった声でそう言うと、逃げるように彼女は広間を後にした。

 ぱたぱたと軽い足音が遠ざかっていく。

 

 素早く振り返ったレイドに、グリズリッドは頷いて合図する。


「私も失礼します」


 レイドは城主に律儀に礼をし、急いで彼女を追いかけた。


「心配ですね」


 城主が、何気ない調子で言った。

 グリズリッドは鼻で笑う。


「象のように丈夫な女が、珍しい」

「はは、そうでしたか」


 城主は笑い、杯を手に取り口に含んだ。

 その動作はやけに滑らかすぎて、先刻から違和感を覚えていた。

 人間が息を吸って吐く、その“間”が感じられない。


「若い女性は、繊細ですからな」


 笑みを浮かべる。

 だが、その口角は微動だにしない。


「殿下は、ご結婚の予定はおありですか?」


 唐突に問われ、グリズリッドは首を横に振る。


「いや」


 短く答えると、城主は微笑む。


「婚約者などはいらっしゃらないのですか?」


 やけに掘ってくるな。


「いない」


 面倒なので、短く答える。


「第二王子殿下ですと、そろそろ一般貴族になる頃合いなのではありませんか? そうなると、お相手がいないといけませんね」


 グリズリッドは目を細める。


「自分の心配でもしてろ」


 余計な世話だ。

 城主は目を丸くする。


「私はこの通り、機会を逃して一人者ですから」


 一度も結婚していないのか。

 その無神経なものの言いに問題があるのだろうな。


 グリズリッドはそう結論付け、それ以上彼のことを考えることを放棄する。


「私の勘違いかも知れないが」


 グリズリッドはひとつ息を吐き、口を開く。


「幼い頃一度会ったときの記憶では、お前の目は菫色ではなかったか?」


 城主はぴたりと動きを止めた。

 赤い瞳だけ動かして、グリズリッドを見る。


「いいえ、そんなはずはありません」


 取り繕った笑顔を作ってみせた城主に、グリズリッドは畳み掛ける。


「お前は、母方の――アッサラート一族の人間だ。古代魔導士の末裔たちは、陛下が保護し、王都周辺に配置したと認識している」


 城主の笑顔は瞬時に消え、赤い瞳がぎらりと光った。


「アッサラートの人間は菫色の瞳で生まれることが多い」


 ――チェックメイトだ。


「もう一度聞こう。お前は紫の瞳ではなかったか」


 燭台の火が揺れた。


 その瞬間。

 

 城主は、ゆらりと静かに立ち上がった。


 城主の影が、床の上で不自然に伸びている。

 それは人の形をしていない。

 関節の位置が、ずれていた。


 次の瞬間、ごきごきと骨の鳴る音をさせながら、城主は左腕を異形の形に変化させ、グリズリッドのこめかみあたりを狙って手刀を振り下ろした。


 素早く立ち上がり、グリズリッドは床を蹴ってそれをかわす。

 空を飛んでいる間に右手に意識を集中させると、右の手の甲に青の宝玉が現れて強く光る。

 次の瞬間、彼の右手には蒼い魔剣が握られていた。


「その姿、人間ではないな」


 城主は、げぐげぐと不快な音を立てて喉を鳴らして笑う。


「ええ、『あのお方』に仕える僕となったのです」


 グリズリッドは目を細める。


「黒魔導士か」


 城主の上がった口角はみるみるうちに頬の辺りまで裂けていく。


「心臓……あの女の心臓欲しいなあ」


 ぶつぶつと口の中で城主は呟く。


「いいなあ、あの女……美しく、強く、そして儚い」


 誰のことを言っているのかは、すぐに察しがついた。


「あの女……殿下のものでもないのでしょう?」


 無意識にグリズリッドの左の目の下がぴくりと動く。


「誰のものでもない。……いいなあ、欲しいなあ」


 心底愉快そうに城主は嗤う。


「誰にも目につかないように閉じ込めて、たっぷりいたぶって、俺以外を知らないようにしてから心臓をいただきたいなあ」


 興奮気味に話す化け物と化した城主を、グリズリッドは軽蔑の目で睨む。


「下衆め」


 吐き捨てるように言い、グリズリッドは剣を構える。


「殿下の願望も大して変わらないでしょう?」


 思わず息を呑んだ。

 図星だった。

 自分でもそれは自覚していて、嫌気がさしていたところだ。


「……お前と一緒にするな」


 お前とは、違うはずだ。

 たぶん。


「良い感触でしたよ」


 思考が固まる。

 ひどく嫌な予感がした。


「太腿。白くてすべやかで柔らかい」


 先ほどの彼女に何があったか合点がいった。

 ぴき、と内側で何かが音を立てて切れる。


「お前」


 グリズリッドは剣を握り直し、姿勢を低く構えた。


「刻む」

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