第十八話 晩餐
夕食は、砦の中央にある簡素な広間で用意されていた。
長卓に並ぶ料理はどれも質素で、飾り気はない。
煮込み、黒パン、干し肉、根菜。
簡素なものだったが、味よりも腹を満たすことを目的とした献立だった。
城主は上座に、殿下がその右隣、レイドは殿下の右隣。
クロトは何故か城主の左隣に案内された。
これでは殿下にも、レイドにも話しかけられない。
「お口に合うかわかりませんが……」
城主はそう言って穏やかに笑う。
だが、じとりした視線は何度かはっきりとクロトの方へ流れ、夕食の席を居心地悪くさせた。
クロトは背筋を伸ばし、視線を皿に落としたままスプーンを取った。
煮込みは、塩気が強い。
長い保存を前提とした味付けなのだろう。
噛めば噛むほど旨味は出るが、決して“楽しい食事”ではない。
「砦での生活は、やはり厳しいものですか」
レイドが何気ない調子で問いかける。
「ええ。贅沢は敵ですから」
城主はそう言って笑い、杯を軽く持ち上げた。
だがその視線は、杯ではなく私の指先を追っている。
気づいてしまった瞬間、指が強張る。
スプーンが皿に触れ、かすかな音を立てた。
「……護衛の魔導士殿は、普段も殿下のお側に?」
不意に、城主がクロトに話しかけてきた。
「ええ、まあ……」
当たり障りのない答えを返す。
それ以上を求められないよう、声を低く、短く。
「そうですか。羨ましいことです」
城主は意味深に頷き、ゆっくりと言葉を続けた。
「このあたりは寒くて、土地も貧しいので、野菜が取れませんので大変苦労しておりまして……」
城主は話を元に戻しながら何度か椅子を座り直す。
それが少しずつ少しずつクロトに近寄って、遂に肘と肘がぶつかった。
肌が泡立ち、背筋に悪寒が走る。
偶然ではない。
ぶつかった後も肘はぴたりとくっ付けられている。
クロトは、息をするのを忘れていた。
隣を見る勇気はなかった。
城主はどんな表情をしているのか、知るのが怖かった。
クロトが何の反応もしないことを良しとしたのか、するりと右手は彼女の太腿を撫でた。
「ですよねえ、魔導士殿?」
突然レイドに話しかけられ、クロトは驚いて食器を落とした。
「失礼しました」
クロトの声の様子で、レイドは心配そうに覗き込む。
「大丈夫ですか……」
そして鳶色の瞳を見開く。
「大丈夫ですか、魔導士殿!」
がたりと音を立てて、レイドが席を立つ。
「顔が真っ青ですよ」
肩を掴まれ、クロトはレイドの顔を見つめた。
「すこし気分が悪くなりました」
それだけ言って、クロトは広間を後にした。
すぐに部屋に戻る気にはなれなかった。
誰にも告げずに廊下を抜ける。
夜の砦は静まり返っていて、昼間よりもいっそう無機質だった。
足音がやけに響く。
正門前の広場に出ると、噴水の水音がかすかに耳に届いた。
昼間は目立たなかったそれは、夜になると不思議な存在感を放っている。
灯りは少なく、水面に映る月光が揺れているだけだ。
クロトは縁に腰を下ろし、冷たい石に手をついた。
昼間見た首の無い聖女像が、闇夜にぼんやりと浮かぶ。
胸の奥が、じわりと痛んだ。
「ここにいましたか」
不意に背後から声をかけられ、クロトは小さく息を呑んだ。
振り返ると、レイドが立っていた。
夜の闇の中でも、鳶色の瞳がはっきりと見える。
「大丈夫ですか」
「すこし落ち着きました」
彼はクロトの隣に腰を下ろす。
「何があったのですか」
こういうとき、異性には話しにくいものなのだなと改めて知る。
「いえ、気分が優れなくなっただけです」
自分の勘違いかも知れない。
そんなつもりはなかったと言われてしまえば逃げられてしまう。
「そうですか。尋常でない様子でしたが……」
納得できない様子のレイドはクロトの顔を覗き込む。
「その気になったら遠慮なく言ってくださいね」
その言葉に、クロトは吹き出す。
「レイドさんは、本当は優しい方なのですね」
レイドは眉をひそめ、短く息を吐いた。
「本当はって、どういう意味です? 私はずっと礼儀は欠いてないつもりですが」
レイドは心外だとむくれる。
「初めてお会いしたときになんて言ったか忘れてしまったのですか?」
――ナシェル様の件です。あなたの代わりに亡くなった。
「……大変失礼いたしました」
——ごと。
重い石が擦れるような音がした。
「……今の音聞こえました?」
レイドが低く問いかける。
クロトはゆっくりと顔を上げた。
噴水の向こう。
広場の中央。
首の無い聖女像が、月光を浴びて立っている。
——否。
さっきまでと、違う。
両手は胸の前で組まれていたはずだった。
けれど今は、わずかに開かれている。
指先が、動いた。
「……レイドさん」
声が震える。
石の軋む音が、はっきりと響く。
翼がばさりと大きな音を立てて羽ばたいた。




