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第十七話 砦

 おかしい。

 グリズリッドが優しい。


 クロトは馬の上でうんうん考え込んでいた。


「どうかしたか」


 耳元でそっと声をかけられ、クロトはびくりと肩を震わせる。


「いえ、なにも」

「そうか、無理をするな」


 ほら。

 無理をするな、だって!


 今まではぶっきらぼうに背後から声が掛かるだけだったのに、わざわざ馬の速度を落として、驚かさないようにそっと声をかけるという細かな配慮。


 馬に乗るときだって手を差し出してくれたし、話をする時は身を屈めて目を合わせてくれる。

 なんだろう、なんて言うか。さりげないボディタッチが増えたというか。


 今までは、馬に二人乗りは仕方なくしてる感満載で、嫌々乗せてやってますという気持ちが背中にひしひしと伝わってきた。


 でも今日は何かが違う。

 まず密着度が違う。

 もうすっっぽり後ろから抱え込まれている気がする。

 

 クロトの背中はグリズリッドの胸とお腹にぴったりくっ付いているし、何かあれば腰をさりげなく支えてくれる。


 これは、なんなのだろう。

 仲良くなったのだろうか。

 昨日の距離が物理的に近かったから?

 それともナシェルを通して共通の友人だということが判明したから?

 喧嘩みたいなことをして仲直りしたようなものだから?


 いくら考えて、考えて、考えても、答えは出てこなかった。




 

「この森を抜けると、サフィアーノ王家の砦がある」


 馬は速度を落とし、グリズリッドは片手でクロトの腹を支え、もう一方の手で森の先を指差した。


「夜営が続いたから落ち着いて休むといい」


 クロトはすこしだけ振り返り、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます」


 グリズリッドは華やかに微笑んで、もう一度手綱を強く握った。





 グリズリッドの言った通り、森を抜けると、石造りの砦が姿を現した。


 装飾らしい装飾はほとんどない。

 城門も、見張り台も、壁面も、すべてが実用本位で組まれている。

 石は白というより灰色に近く、長い年月を経た傷や欠けがそのまま残されていた。


 正門前の広場も同様だった。

 石畳は不揃いで、磨かれた跡もない。

 噴水はあるが水音は控えめで、華やかさを演出する意図は感じられなかった。


 必要なものだけが、必要な形で置かれている。

 余白も、遊びも、慰めもない。


 ――そんな場所に、ただひとつ。


 聖女像がぽつりとそこに立っていた。

 

 両手を胸の前で組み、静かに祈りを捧げる姿。

 背中に翼を携えた姿は女神のようだった。

 しかし、そこにあるはずの首がなかった。


「……あ」


 自分でも気づかないうちに、視線が像に吸い寄せられていた。


 首の無い聖女像を直視できず、クロトは俯いた。




「ようこそいらっしゃいました」


 城主の男はにこやかに騎士団を迎えた。


「殿下、おひさしぶりでございます。立派になられて……最後にお会いした時はまだ小さかったのに」


 城主は眩しそうに目を細める。

 遠い親戚と聞いていたが、彼の瞳は深い青の瞳ではなく、赤い瞳だった。


「世話になる」


 グリズリッドは短くそう言うと、軽い動作で馬から降りる。

 馬が動かないよう片手で手綱を握りながら、もう一方の手をクロトへ伸ばす。


「だ、大丈夫です……!」


 降ろしてくれたことなどなかったくせに。


「遠慮するな」


 グリズリッドはそう言うと、有無を言わさずひょいとクロトを抱き上げ、馬から降ろした。


「そちらの御仁は……」


 ほら。そういうことをすると周りの人が勘違いしちゃうんですよ。


「護衛の魔導士だ」


 さらりとグリズリッドは答える。

 それ以上聞くなという圧を感じたらしい。


「そうでしたか」


 城主は穏やかな笑みを浮かべて引き下がる。


「何もないところですので、殿下を迎えるのはお恥ずかしい限りですが、夕食を準備させますのでしばしお待ちください」


 そう言って、城主はまずグリズリッドを来賓室に通した。

 そして次に騎士団長、クロトは最後に部屋を案内された。


「何かございましたら、そこの呼び鈴でお呼びください」

「はい、ありがとうございます」


 すぐに出て行くのかと思った城主が動かないのを視界の端に認めてしまい、クロトは違和感を覚えて城主を見やる。


 彼の視線はじとりとクロトに向けられており、その張り付くような視線に驚く。


「何か……ありますか?」


 話しかけると、城主ははっと我に返ったようなそぶりを見せ、穏やかに微笑んでみせた。


「大変失礼いたしました。あまりにお美しいもので、つい」


 どう反応したら良いのかわからず、クロトは黙る。


「まるで、聖女様のようですね」


 さっと血の気が引くのを感じる。


「変なことを申し上げました。ではまたお会いしましょう」


 別れ際に再び湿度の高い視線を送られ、クロトは思わず胸の前で自分の手を握った。

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