第十六話 目覚
(私……眠っている……?)
やばい。
がばっと勢いよく上体を起こす。
(任務中? 一体何をしているの。私としたことが。ここはどこ?)
ずきりと額に鋭い痛みが走る。
顔を顰めたクロトは頭を抱えて呻く。
「痛い……」
金槌で殴られているかのように、ガンガンと頭が痛い。
「何これ……」
「当たり前だ。ランベリー酒を一気飲みなんてするから」
「ランベリー酒?」
「昨日飲んだだろ」
「ああ……あれですね。毒が入っていないか確かめようと……」
はたと思考が止まる。
(一体、誰と話しているんだろう)
その声、まさか。
恐る恐る横を向くと、上半身に何も纏っていないグリズリッドが横倒っていらっしゃる。
「でーーー!? 殿下!!」
クロトは飛び上がって、寝台の端っこまで下がった。
思わず自分の衣服を確認する。
街娘の格好は乱れがない。
ほっと安堵のため息をつく。
「な、な、な、なぜ私は殿下と寝ているんですか!?」
落ち着いて周りを見渡すと、ここはグリズリッドのテントだ。
「どうせ、私は眠らないからとか言ってテントを自分のテントを片付けさせたんだろう。仕方なく寝かせてやったんだ、感謝しろ」
そういえばそんなことを言って片付けてもらった気がする。
どうせグリズリッドの護衛をするのだから、着替えや荷物は彼のテントに置いてもらったのだ。
「殿下が、私を運んでくださったのですか?」
「他に誰が運ぶ」
顔から火が出るほど恥ずかしく、クロトは自分の頬を両手で挟んだ。
「も、申し訳ございません!」
珍しく大きな声を出してから、クロトは寝台の隅で綺麗に土下座した。
グリズリッドが吹き出したので、怒っていないことに安堵し、クロトは顔を上げる。
グリズリッドは笑いながらゆっくり上体を起こした。
するりと掛け布が滑って、何も身に纏っていない彫像のような上半身が露わになった。
「な! なぜ! なぜ半裸なんですか!?」
一度顔を上げてしまってから、再びクロトは土下座する。
「熱いんだよ。隣に人が寝ていると」
「……それは大変申し訳ございませんでした!!」
答えを聞き、クロトは寝台に額をめり込ませた。
「そんなことより、早く着替えたほうが良いと思うぞ」
グリズリッドは意地悪く微笑む。
「この状況、誰かに見られ――」
皆まで言わせず、クロトは急いで寝台を降りた。
飾りのついた仕切りの裏に行き、こそこそと魔導士の制服に着替え始める。
他に、何か失礼はなかったかしら。
めちゃくちゃ何かした気がする。
でも何をしたのか思い出せない。
街娘の衣装を脱ぎ、下着になったところでクロトは息を呑んだ。
めちゃくちゃ号泣した気がする……!
「ああぁああ……」
あまりの恥ずかしさにクロトは突っ伏して頭を抱えた。
「大丈夫か?」
唸った声を聞いた殿下が覗き込む。
「ひゃあぁああぁああ!!」
「悪い」
眉ひとつ動かさず、グリズリッドは横を向き、その場を離れてくれた。
胸元だけ押さえ、クロトは目尻に涙を浮かべながら急いで着替える。
(どうして泣いたんだったかしら)
クロトは記憶を辿る。
軍服なような重い外套を身につけているところで、ふと思い出す。
そうだ。
――大事な友人だった。
ナシェルとグリズリッドは、友人。
でも、ナシェルはグリズリッドのことが好きだった。
ナシェルの片思いだった。
ナシェルがかわいそうになったのと……
それと同時に、すこし、ほんのすこしだけ……
「いいか?」
グリズリッドの声に驚き、クロトは小さく返事をする。
「使え」
ぶっきらぼうに差し出されたのは、手鏡だった。
「……ありがとうございます」
手鏡を覗いてクロトはぎょっとする。
両瞼が腫れて、半分くらいしか開いていない。
「うわ」
思わず声を漏らし、クロトは氷の魔導を用いて瞼を冷やす。
しばらくすると腫れはだいぶ引いたものの、赤みは残った。
(このくらいなら許容範囲でしょう)
身支度を整え、殿下の元に戻る。
「ありがとうございました」
貸してもらった手鏡を返すとき、改めて手鏡をよく見た。
小ぶりな作りで、とても簡素なものだった。
花の飾りが入っていて、すこし古い。
「母の形見だ」
長い間、じっと見てしまっていたのか、誰の持ち物だったのか説明させてしまった。
「そうでしたか」
気まずくなり、クロトは短くそう言って黙った。
「行こう、そろそろ出立だ」
グリズリッドは高らかにそう言うと、天幕の布を跳ね上げる。そこから鋭い朝の光が濁流のように流れ込んだ。
逆光に焼かれ、彼の輪郭が白く浮かび上がる。
その後ろ姿を見つめ、クロトは眩しそうに目を細めた。
(ごめん、ナシェル。友人だったと聞いて、私はすこし、ほんのすこし。……喜んでしまったの)




