第十三話 侵入
乾いた破裂音とともに、分厚いガラスが砕け散った。
夜気と一緒に、甘ったるい香が一気に流れ込む。
絨毯に着地した瞬間、クロトは風を散らし、身を低く構えた。
「きゃああぁあああ! 誰っ! 誰かぁ!!」
女の悲鳴。
「あら、大変失礼いたしました。護衛はたぶん来ませんよ」
豪奢な室内には、女性たちが数人。
女たちは固まったまま動かず、怯えた瞳でこちらを見ている。
「おやおや、随分派手にやってくれるねえ。ここは8階だよ? どうやって窓から来たんだい?」
奥から着衣の乱れた女性が気だるそうに出てきた。
落ち着いた妖艶な女性の豊かな乳房に、思わず目が釘付けになる。鎖骨からちょうど指3本分くらい下にある黒子もまたセクシーだ。
「大変申し訳ございません」
クロトは謝ってから、魔導を用いて割れた窓を直した。
「人を探しておりまして。琥珀色の髪に深い青の瞳の男性をご存知ないでしょうか」
「知らないね」
「そうですか……門番の方には最上階にいると聞いたのですが、ビップルームというお部屋はこの部屋以外にありますか?」
妖艶な女性は紅を引いた唇をにいと引く。
「いや、この部屋がビップルームだよ。そのお客はもう帰られた気がするね」
「なるほど、今は別の方が奥にいらっしゃると」
妖艶な女性は笑顔のまま頷く。
「ふうん。質素な服を着てるけど、随分べっぴんさんだ」
頭の先からつま先まで、舐め回すように見られ、クロトはたじろぐ。
「どういうご関係?」
「……親戚です」
ははは、と妖艶な女性は大きな口を開けて笑う。
「んなわけないだろ。下手な嘘つくんじゃないよ」
妖艶な女性の顔は急に般若のように険しくなり、猫撫で声はドスの聞いた声音に変わった。クロトはあまりの変わりように驚いて固まる。
「大事な上客がお楽しみのところをぶち壊しやがって! どこの馬の骨かって聞いてるんだよ」
「――そこまでにしてくれ、ハルヒ」
部屋の奥から聞き覚えのある声がした。
思わず安堵してしまい、縋るようにグリズリッドを見つめる。
奥から現れたグリズリッドは、第五ボタンくらいまで外れて、厚い胸板がかなり深く覗いている。
白いシャツの裾は黒いパンツに入っていたように記憶しているが、裾は全て出て、かなりラフに見えた。
「リズ様ぁ」
ハルヒと呼ばれた妖艶な女性は猫撫で声でグリズリッドをそう呼ぶと、しなだれかかるようにその胸板に抱きついた。
「お前は一体何をしに来た」
呆れた顔のグリズリッドに、クロトは冷たい視線を送る。
「お楽しみのところ申し訳ございませんが、職務を全うするために来ました」
グリズリッドは大きくため息をつく。
「この状況で説得力はないとは思うが、こいつは情報屋だ」
「……最後まで聞きましょう」
ツッコミどころはたくさんあったが、一度飲み込むことにした。
「どこで誰が耳をそばだているかわからないからな。絶対に聞かれない話をするときに利用するんだ」
「女の人をこんなに侍らせる必要あります?」
「カモフラージュだ」
グリズリッドはいたって真面目な顔で言い放つ。
シャツは第五ボタンまで開いているが。
「わかりました。いったん信用します」
「ちょうどいいから、話をしよう」
そう言うとグリズリッドは奥の部屋を指差した。
「二人にしてくれないか」
女性たちはそそくさと退室する。
「リズ様ぁ、また情報仕入れたらすぐ駆けつけるから」
ハルヒはそう言って殿下の頬に口付け、べったり抱きついてグリズリッドの首筋にも口付けをしてから、バイバイと手をひらひら振って退室していった。
「……ちなみに言っておくが」
苦虫を噛み潰したような顔でグリズリッドは続ける。
「彼は男だ」
クロトは目を閉じて低く唸る。
「……一応、信じます」
グリズリッドはひとつ息を吐く。
「入れ」
促され、クロトは意を決して奥の部屋へと足を向けた。




