第百十一話 合流 ー無人の城の案内人ー
「この城、誰もいなくない……?」
サラの言葉に、レイドとフェイが頷く。
「数人小間使いがいましたが、何を聞いても同じことを繰り返すのみ——あとねえ、嗅いだことある匂いがしたんですよねえ」
レイドは鳶色の瞳を細めた。
「匂い?」
「ええ、アンデッドの匂いです」
フェイがレイドを見やる。
「あと、逆位相の力を感じました」
「てことは、黒魔導……いや、黒聖石の力ってわけね」
城の奥へ進むにつれ、逆位相の力は濃くなる。
廊下の先に人影が揺れた。
黒い外套。
暗色の長い髪。
すらりと長身の女性だった。
その人物は、こちらに気づくと軽く首を傾げる。
「……誰だい?」
女の声のようにも、男の声のようにも聞こえた。
次の瞬間、女性が視界から消えた。
「フェイ殿!」
レイドの叫び。
漆黒の刃がフェイに振り下ろされる。
「速……!」
目を丸くしたフェイは瞬時に移動魔導の印を切って避けた。
「やっと、人間が出てきましたねえ」
レイドは素早く六尺棍を握って構えると、フェイとサラを背後に庇う。
「おや、その制服……」
銀に近い灰色の瞳がレイドを捉える。
「騎士団『蒼穹』じゃないか」
レイドが目を細める。
「ご存知で?」
「もちろん」
赤い唇が弧を描く。
「あたし、リズ様の愛人だから」
「……は?」
三人の声が揃った。
「名前はハルヒ」
ふふ、と肩を揺らす。
「夜のお相手専門さ」
サラが眉をひそめ、フェイは無言で一歩下がり、レイドは盛大に吹き出した。
「ちなみに三番目」
「……増えた」
「それ、ほんとなわけ?」
揶揄うようにハルヒは笑った。
「さあ?」
天を仰ぐレイドに、ハルヒがしなだれかかる。
「あは、かわいいじゃない」
ハルヒがレイドの腕に絡みつく。
サラは無言でその手を払いのけた。
「触らないで」
黄金の瞳でハルヒを睨んでから、サラ自身が一番驚いた顔をする。
「……あ、え?」
ハルヒが目を細めた。
「あらあら」
レイドが目を瞬き、サラは頬を赤らめる。
「それより、あんた……男?」
「んふ」
ハルヒは妖艶に笑う。
「どっちでもいいだろ?」
「よくないわよ!」
サラは思わず声を荒げてから、はっと口をつぐむ。
「……いや、そういう意味じゃなくて!」
「へえ?」
ハルヒがにやりと笑う。
「嫉妬?」
「はぁ!? 違うし!」
ハルヒは銀灰色の瞳でサラを見つめる。
「……その制服、最高位魔導士か」
「何で知ってるわけ?」
サラは細くくびれた腰に手を当てる。
「情報屋だから」
ハルヒはふっと笑った。
「ちょっと探し物しに来たんだ」
レイドが六尺棍を構えたまま目を細める。
「何を探しているんです?」
ハルヒはレイドをじっと見つめ、やがてゆっくりと赤い唇を吊り上げた。
「黒聖石——魔導士の心臓から作られた、呪われた石」
ハルヒはレイドの心臓のあたりを人差し指で小突く。
「それの計画書を探してる」
弧を描いた赤い唇が囁く。
「利害、一致してると思わないかい?」
「僕は嫌ですよ。こんな得体の知れない人」
「ふうん」
ハルヒはフェイをじっと見つめ、ずいと距離を詰める。
鼻と鼻がぶつかりそうな距離に、フェイは菫色の瞳を見開いて後ずさった。
「よく似てる」
フェイは不機嫌そうに眉を顰める。
誰と? など聞かなくてもわかった。
「この先にいるはずだよ」
ハルヒは廊下の奥を指差す。
その言葉に、フェイの脳裏にある人物の顔がよぎった。
「……イヴが?」
フェイは菫の色の瞳を見開くと、真っ直ぐに駆け出す。
「ちょっと、天才君!」
サラがその後を追う。
「……少々お聞きしたいのですが」
「なあに?」
「殿下の指示で動いてるんですよね?」
「……じゃなかったら?」
レイドはにっこりと笑う。
「消します」
ハルヒは一度笑顔を消し、そしてまたゆっくりと微笑んだ。
「そう、リズ様の指示だ」
レイドはふっと息を吐き、六尺棍を肩に担ぎ直した。
「一旦信じますか――行きますよ、ハルヒさん」
「疑り深い〜!」
二人が地を蹴り、サラとフェイの後を追う。
長い廊下の突き当たり、開け放たれた大扉の先は夥しい量の魔力が渦巻く実験室だった。
「……イヴ」
先に到着していたフェイの声が、微かに震えている。
サラがその背中に追いつき、遅れてレイドとハルヒが室内に滑り込んだ。
部屋の中央、禍々しい黒い石が埋め込まれた祭壇の前に、その少年はいた。
腰まで長く伸ばした銀髪に、白い教会の法衣を纏った少年が振り返る。
『蒼穹』の騎士や、最高位魔導士のサラには目もくれず、少年はただ一人、フェイだけを菫色の瞳で見つめて微笑む。
「遅かったね、兄さん」
「お前……何やって……」
フェイは大股でイヴに近寄ると、両肩を掴んだ。
「ふざけるな! これのせいで何人の魔導士が死んだか知ってるのか!? お前は……お前はなんでここにいるんだよ? 何をさせられた? 一体、何をした!?」
肩を強く揺さぶられたイヴは、薄く笑う。
「怒らないでよ兄さん。ユリクシス様は、僕を救ってくれたんだよ」




