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第百九話 断腸 ー王の器ー

 罪を議会で明らかにする。

 クロトにそう言われたユリクシスは、一瞬小さく微笑み、息を吐いた。


「そう」


 それだけ言って、ユリクシスは車椅子の車輪を回した。


「すこし具合が悪い。すまないが、失礼するよ」


 


 ユリクシスが部屋を出た途端。


「おい」


 隣で低い声がした。

 クロトが顔を向けると、グリズリッドがじろりと睨んでいた。


「ユーリってなんだ」

「……は?」


 クロトは眉を顰める。


「海の見える家ってなんだよ」

「いいでしょう。昔の話です」

「急に衝撃的な思い出話出すな。気持ち悪い」

「言ったのはユリクシスですし」

「あとなんだ。ちょっと黙っててください、だと?」


 文句を言われたクロトが、心底鬱陶しそうに目を細めた。


「……あなたこそ」


 クロトがグリズリッドに詰め寄る。


「何が余計なこと喋るな、ですか。完全に私をけしかけたでしょう」

「別に……」

「わざとナシェルの話したくせに! わかってるんですから!」

「はいはいはーい」


 詰め寄ったクロトがグリズリッドの胸を拳で叩きそうになるのを、レイドが羽交締めで止めた。


「ちょっと、レイド離しなさい」

「睨んでもダメですよ。一応この方、王太子殿下ですからね。一応私、部下ですのでね。目の前で殴らせるわけにはいきませんよ」


 クロトはため息を吐いて拳を下ろした。


「……兄上があんな顔するなんて想定外だ」


 グリズリッドの呟きに、クロトが唇を噛む。


「どうすれば良かったんですか」


 クロトの目には、怒りと、それ以上にやりきれなさが滲んでいた。


「どうして、あんな結末しかなかったんですか……」


 声が少し震える。


「まるで見つかるように仕向けたみたいだったわね」


 サラの言葉に、クロトとグリズリッドは息を呑む。


「僕も同じことを考えていました。都合よく見つかった黒聖石の書類、煽るように昔の話をして……」


 フェイも頷く。


「まるで……」


 ——助けを求めているみたいだった。

 

 二の句は、部屋に残された全員の脳裏に浮かんだ。


「……くそ」


 小さく口の中で呟いて、グリズリッドは立ち上がる。


「用は済んだ。帰るぞ」


 そう言って彼は外套を翻した。


◇◇


「国王陛下に申し上げます」


 高らかな声が国王の間に響く。

 玉座に座る陛下がグリズリッドを認め、深い青の目を細める。

 彼が黙って右手を挙げると、周りにいた重臣たちが静かに下がっていった。


「珍しいな。自ら来るとは」

「火急の件ゆえ」


 グリズリッドは短く言い放ち、最低限の礼を捧げた。

 その所作には、以前のような従順さは欠片もない。


「議会の召集を奏上いたします」

「……理由は」


 陛下は玉座に深く背を預け、値踏みするように息子を見据えた。


「教会と、ユリクシス大公の件で」


 グリズリッドの答えは氷のように冷たく、迷いがない。


「既に各家へは内々に通達済みにございます」


 沈黙が落ちた。

 陛下の指先が、玉座の肘掛に刻まれた金細工を、ゆっくりとなぞる。


「……随分と用意周到だな」

「勿論です」


 グリズリッドの深い青の瞳が、射抜くような強さで陛下を見据えた。


「陛下は――どこまでご存知でしたか」

「何がだ」


 陛下は動揺の欠片も見せず、さらりと問い返す。

 


「黒聖石計画——ユリクシス大公と教会が進めていた研究についてにございます」

 

 グリズリッドは踏み込む。


「逆に聞こう、グリズリッド」


 その老獪なまでの落ち着きが、逆にグリズリッドの核心を突く。


「どこまで知りたい」

 

 グリズリッドは陛下から目を離さない。


「私の把握と、陛下の認識に齟齬がないか確認したく」


 陛下はゆっくりと口角を上げた。


「齟齬があれば、なんだと言うのだ。お前が私を正すとでも?」


 群青の視線は鎖のように絡んだままだ。


「然るべき形に」


 間髪入れず、鋭い答えを返す。

 もはや、それは刃の突きつけ合いだった。

 王はしばらく無言で息子を凝視していたが、やがて短く鼻で笑った。


「私は報告を受ける立場にある。……よかろう。議会ですべてを明らかにせよ。召集を許す」

「仰せのままに」


 それだけ言うと、グリズリッドは一度だけ深い礼をし、迷いなく踵を返した。


「王太子」


 初めて陛下が呼び止める声を投げた。


「随分、らしくなったな」

 

 背中で受けた陛下の言葉は、らしくなかった。

 グリズリッドは振り返ると、いつものように不敵に、そして酷薄に笑ってみせる。


「ご期待に沿えているなら何よりです」


 その顔を見た王は、僅かに驚いたように目を見張った。

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