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第百五話 黒聖石 ー心臓の使い道ー

 魔導士の塔の小部屋には、すでにフェイがいた。

 謹慎中の彼だが、育ての親の容体急変を理由に、特別に外出を許可されたらしい。


 寝台に横たわる老人の顔色は悪い。

 頬はこけ、呼吸も浅い。


「じいさん……」


 フェイが呼びかける。

 老人はゆっくりと瞼を開いた。


「うるさい小僧だな……まだ死んどらん」


 掠れた声だったが、意識ははっきりしている。


「話せるのか」


 グリズリッドが問う。

 老人は視界に王太子を認めると、弱々しく頷いた。


「毒ですか」


 クロトが眉を寄せる。


「おそらく」


 フェイは寝台脇の机に置かれた薬瓶へ視線を向けた。


「数日かけて衰弱させる類です。解毒剤を飲んで、今は容体が安定してきました」


 少年の声に怒りが滲む。


「この前は話の途中でしたな、殿下……そして妃殿下」

「無理ない程度に、聖石の話を聞かせていただけませんか」


 クロトの言葉に、老人は弱々しくも確かに頷く。


「殿下の聖力を、私に戻すことはできますか」


 彼は目を細める。


「……何故、そのようなことを?」

「殿下を、守るためです」


 本人目の前に言うのは余程気恥ずかしいのか、クロトは口籠る。

 老人は苦々しく目を閉じた。


「……王太子に渡った聖力を戻す必要はない。妃殿下は聖力を使役したご経験がある。再び聖石が力を貸すことは容易に起こり得る」


 グリズリッドは老人に書類を差し出す。


「聞きたいのはそれじゃないだろう」

「具合の悪い方に文字を読めというのも……」

「うるさいな、おい黒聖石ってなんだ」

「そんな聞き方あります?」

「邪魔をするな」


 黙ってフェイがグリズリッドの手から書類を取った。


「あ」

「あ」


 王太子夫妻の間抜けな声を他所に、ペラペラと『黒聖石作成書』をフェイは流し読みしていく。


「黒聖石……」


 フェイが呟く。


「ねえ、じいさん。黒魔導は、聖石の逆位相の力?」

「そうだ」


 老人は、フェイを静かに見つめる。


「黒魔導なんて、ない。アッサラートに伝わる、ただの御伽話だ」


 フェイは再び書類へ目を落とした。


「クロト様。これ、つまり逆位相の結晶を作ろうとしてますね」


 クロトは頷く。

 

「魔導士の心臓を集めていたのは……」

「教会、ということで間違いないですね。黒聖石作成のために多量の魔力が必要だったわけです」


 フェイは菫の瞳を細めた。

 

「生成には魔力が必要で、聖力を吸うと逆位相の力が得られたのでしょうね」

 

 フェイの言葉を聞き、老人は一つ息を吐く。


「……あれは実行するための計画ではなかった。アッサラートの血と聖石の研究を終わらせるための封印案だった」


 グリズリッドが眉を寄せる。


「封印案?」

「あなたは、聖石を無力化させるおつもりだったのですね」


 クロトの言葉に、老人は頷いた。


「ええ、聖石がすべての争いの根源だと考えました。聖石は魔力を与えれば聖力を与える。ならば逆に聖力を与えれば破壊できるのではないかと」

「だろうな。聖石を失えば、この国は神の加護を失う」


 グリズリッドは腕を組むと、考え込むように一度目を閉じた。


「封印案を目にできる人間は、限られています」


 老人が口を開く。


「まず、国王陛下、次に、教皇。そして、教会責任者のユリクシス大公」

「……ユリクシスだな」


 確信したようなグリズリッドの言葉に、フェイは眉を顰めた。

 

「国王陛下も黒に近いと思いますけど」

「実行者は、ユリクシスだろう。ナシェルを黒魔導に落としたのはあいつだ。」


 クロトも眉を顰める。


「なんですって……」


 グリズリッドはクロトを真っ直ぐ見つめた。


「地下神殿で、死ぬ間際……声が聞こえなかったか?」

「声……?」


 ――一人で死ぬのは悔しいだろう。

 ――愛する男を残して、君だけ死ぬのか?

 ――女としての幸福も知らず、一生を終えるのか?

 ――私の手を取れ、クロト。心臓を捧げよ、共に永遠に生きよう。

 

「……聞こえました。闇、なのかと思っていました」


 グリズリッドは一度目を閉じて、改めて口を開く。

 

「あれは、ユリクシスだ」

「殿下、どうしてそんなことを知って……」

「さっき本人から聞いた。しかし、どこまでも曖昧な言い方をする……」


 グリズリッドは顔を顰めてから踵を返す。


「行くぞ」

「……どこへです」


 クロトに問われ、グリズリッドはすこし振り返る。

 

「ユリクシス領だ。本人に会って聞かないとわからないことが多すぎる」

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