第百二話 訪問 ーそれぞれのお土産ー
クロトがいなくなってしばらくした頃、扉が叩かれた。
寝台の上で不貞腐れていたフェイは、鬱陶しそうに扉を見つめる。
返事も待たずに開かれた扉に、フェイは菫色の瞳をぎょっと剥いた。
逆光を背に現れたのは、フェイよりも頭一つ分以上背の高い、圧倒的な威圧感を纏った影。
整えられた琥珀色の髪が陽光に透け、鋭く深い青の双眸が射抜くように自分を捉えている。
「で……殿下……っ?」
心臓が跳ねた。
フェイは慌てて乱れた上体を起こし、寝具を整える余裕もなく身構える。
わざわざ王太子自らが足を運ぶなど、ただ事ではない。説教されるだけで済むのだろうか。フェイは恐る恐る、座り込んだグリズリッドを見上げた。
「怒られたみたいだな」
グリズリッドは微笑んでそう言って、寝台の横に置かれた椅子に腰掛けた。
拍子抜けしたフェイは目を瞬く。
それから、頭の中に一度グリズリッドの言葉を反芻させて頷いた。
「……はい」
項垂れたフェイの様子を見て、グリズリッドは小さく吹き出す。
「あそこまで怒るのは初めて見た」
グリズリッドはクロトの様子を思い出し、少し遠い目をした。
「氷のように静かに怒る。昨日から全く口を聞かない」
先ほどの冷たい瞳を思い出し、フェイは目を細める。
「夫婦仲に響くから勘弁してもらえないか」
グリズリッドは笑いながら言った。
「……すみません」
不承不承、フェイはグリズリッドに謝罪した。
「……あの」
「なんだ」
フェイはむくれた顔でグリズリッドを見つめる。
「殿下は怒ってないんですか」
グリズリッドは首を傾げる。
「俺が?」
フェイは口を尖らせる。
「じゃあ、何しに来たんですか……」
グリズリッドは少しだけ考える。
そして珍しく曖昧に笑った。
「昔の自分を見ているようで、少し気になった」
「え……天才の僕と?」
「いい加減殺すぞ、クソガキ」
頭にごん、と重い衝撃が落ちる。
「いで」
ずい、と大きな包みを押し付けられ、両手で受け取る。
王家の紋章が入った仰々しい重箱だった。
「あ、ありがとう……ございます?」
「弟を守ろうとしたことを責める気はない」
グリズリッドは、寝台の横にある椅子に座ることなく、立ったまま続けた。
「俺も、同じ立場ならそうするだろう」
フェイは目を瞬く。
「相手の意思を考えずに」
フェイは自分の拳を見つめたまま、黙ってその言葉に耳を傾けていた。
「殿下は……ユリクシス大公と仲が良いんですか」
フェイの言葉にグリズリッドは眉を寄せる。
「いや、ほとんど話したことがない」
「兄弟なのに?」
「腹違いだからな」
短い言葉に得体の知れない重みを感じ、フェイはそれ以上聞かなかった。
「関わろうとしていたら、何か違ったのかも知れない……兄弟というなら、レイドの方が近い」
意外な人物の登場にフェイは目を丸くする。
「レイド卿……騎士団長の?」
グリズリッドは頷く。
「俺はしばらく王宮を離れていたことがある。そのとき世話になったのがガーナード伯爵家。レイドの家だ」
何かを思い出すように、小さく笑う。
「今でこそあんなだが、昔から真面目な男だ」
「そう……ですよね……」
グリズリッドが立ち上がろうとした瞬間、乱暴に扉が蹴り開けられた。
フェイとグリズリッドは二人揃って扉の方へ目をやる。
「あれ? 先客? え……グリズ……いや、王太子殿下?」
サラはグリズリッドを見るなり、驚いて目を丸くした。
「大変失礼しました」
魔導士の礼を送ったサラを見て、グリズリッドは席を立つ。
「気にするな。もう行く」
そう言って、グリズリッドは大股でさっさと出て行った。
「へーえ。王太子に目ぇ掛けられてんの? すごいじゃん、天才くん。最高位のくせにメンタル弱いけど」
「うるさいな。何しに来たんですか」
フェイはサラを睨む。
「ん。差し入れ」
そして、手に持ったバスケットをフェイに無造作に渡した。
バスケットからは、微かに炎の魔導による温もりが伝わってくる。
「……ちょっと焦げてますよ」
「うっさい。魔力加減ちょっとミスったの」
「仕事雑ですね」
「炎属性なめんなよ? 外カリ中ふわだから」
確かに、不揃いだが綺麗に焼けている。
フェイは少し笑う。
「めそめそ泣いてたらぶん殴ってやろうと思ったけど、意外と大丈夫そうね」
フェイは目を細める。
「……別に」
「最高位っぽい顔になったじゃない。ちょっとだけね」
サラは笑って、自分が持ってきた手づくりのスコーンをひょいとひとつ取り、一口齧った。




