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第十話 回想①

「私もナシェルとは、友人でした」


 クロトの答えにグリズリッドの整った眉がぴくりと動く。

 

「……友人?」


 底冷えするような声音。

 怒りを押し殺しているのが、はっきりわかる。


「彼女はお前の代わりに聖女になったのは知っているのか?」

「もちろん知っています」


 間髪入れずに答える。


「なぜ、今まで言わなかった」

「聞かれませんでしたので」

「騎士団長から情報を共有するよう言われなかったか?」

「言う必要がないかと」

「判断するのはお前じゃない」


 グリズリッドの声が、鋭くなる。


「何を隠している」


 グリズリッドの深い青の瞳が射るようにクロトを睨む。


「抽象的ですね。殿下こそ、私に言いたいことがあるように見えますが」


 怒りというのは伝染するものだ。

 相手が怒っていると、だんだんこちらもつられてくる。


「お前が聖女になっていれば、ナシェルは死ななかった」

「仮定の話に意味を見出せませんね」


 グリズリッドは息を吐き捨てる。


「数日いて俺にだってわかる。魔力量が違いすぎる。彼女は聖女になる器ではなかった」


 初めて会ったときから、怒りの孕む視線を感じていたが、腑に落ちた。


 クロトは負けじと言葉を返す。


「それこそ侮蔑です。ナシェルは聖女になりたかったのです」

「なんだと?」


 グリズリッドは驚きを露わにした。


「初めて人に必要とされた、それがとても嬉しく誇らしいと言っていました」


 クロトは続ける。


「私に、その役目を奪う理由がありません」


 深い青の瞳からだんだん怒りが消えていく。

 しかし、すぐには感情の整理がつかないのだろう。


「すこし頭を冷やしてくる」


 ぶっきらぼうに言い捨てると、グリズリッドは踵を返した。

 扉が乱暴に開かれる。

 冷たい外気が流れ込み、孤児院の静けさを切り裂いた。


 取り残されたクロトは、壁際にある大人用の椅子に腰掛けた。


 ――ナシェル。

 

 彼女と初めて会ったのは、王都の外れの小さな礼拝堂だった。

 この国では、魔力を持った少女は16才になると皆仮の聖女候補とされる。

 その中で、魂の器とやらを持っているかどうかを教会の白魔導士たちが判断し、正式に聖女候補となる。


 魂の器を持っている少女たちは、その礼拝堂に集められ、聖女選出の儀を待つ。


 つまり、先代の聖女が亡くなるのを待つのだ。


 聖女とは、尊い存在として崇められ、憧れの象徴とされるが、実態はそんなに甘いものではないと思っている。

 聖女とは「社会を維持するための装置」だ。


 聖女候補は、聖女選出の儀で聖痕を体に受け入れることで聖力を扱えるようになる。聖女の祈りは、王国に結界を張り、人々を癒し、邪を浄化する。

 しかし、聖力の使役は聖女の心臓に負担がかかる。


 自らの命を削り、消耗する代わりに社会を維持する。

 それが我が国の聖女制度だ。


 16歳の頃、クロトは最年少の最高位魔導士として働き始めたばかりだった。

 聖女などなる気もなく、興味もなかった。

 決められた仕事をこなすことよりも、魔導士として能動的に動いている方が合っていると思っていたからだ。

 でも礼拝堂に集められた少女たちはみな、聖女になりたかった。


「ほら、あの子」

「ああ、クロンクヴィストさんね」

「最年少最高位魔導士サマ」

「いいわよねえ。特別待遇で」


 ひそひそと部屋の隅で少女たちが固まって話しているのが聞こえる。

 ああいうのは本当に苦手だ。


「クロト!」


 金の鈴を転がしたような声がした。

 振り返ると、花束のような笑顔が弾ける。


「会えて嬉しいわ」


 桜の花びらを溶かしたような銀髪は肩よりだいぶ上のあたりで短く揃えられている。

 薄い銀色の瞳は、まるでオパールのように角度によって様々な色に見えた。

 小動物のように愛らしい容貌が目を引く。

 

 ナシェルは微笑みながらクロトに近づいた。


「お仕事お疲れ様。またすこし痩せたみたい」


 疲れてない?そう言って彼女はクロトの頬に手を伸ばした。


 聖女候補たちがクロトを『特別』というのは理由がある。

 聖女候補は本来この礼拝堂から出られない。

 ここで生活して、寝食を共にし、聖女として必要な知識や魔力向上の修行などを行なっている。

 

 しかし、最高位魔導士のクロトは違う。

 任務に行き、自由に動くことができた。


「大丈夫です。無事に討伐できました」


 初めての任務で緑竜を倒してからというものの、竜のお困り事はクロトのところにまわってくるようになっていた。

 今回は地竜を討伐して帰ってくると、礼拝堂へ招集された。

 たぶん、聖女が亡くなる頃なのだろう。

 また聖女選出の儀自体を拒否すればいい。


「ちょっと聞いてくれる?」


 ナシェルは小声で言って、クロトの手を取ると部屋の隅で話し始めた。


「あのね。わたし、好きな人ができたの」

「外に出たんですか?」

「クロトは知らないかも知れないけど、聖女候補は王都や城下町に行って、街の人に祈るのよ」


 ふふふ、とナシェルはくすぐったそうに笑った。


「きっと騎士様だと思うの。琥珀色の髪に、深海みたいに深い青の瞳でね、すっごくかっこいいのよ」


 ナシェルはその思い人の姿を思い浮かべているのか、うっとりと銀の瞳を潤ませ、ぷっくりした桜色の唇を開く。


「リズっていうの」

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