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06 ゴブリン労働災害の事例

短編作品「逆にゴブリンがこっちの世界に転移してきたら」を分割したバージョンです。

内容は変わりありませんが、少し読みやすくなると思います。

(短編バージョン)https://ncode.syosetu.com/n6469ji/

N市の市街地から離れた郊外に位置する、小さな工業用資材置き場に、自転車で通勤するナンバラは、普段と違う工場の雰囲気に怪訝な表情になる。


「工場長、何かあったんですか?」


「おい、ナンバラ!もう昼過ぎだぞ!まったく遅刻の多い奴だ!」


工場長のハマグチは容赦無くゲンコツをナンバラの頭蓋に響くほど叩きつける。

しかし、彼の勤怠の悪さは日常茶飯事なのか、それ以上の説教も折檻も無く、ハマグチは工場内に彼を招き入れる。

そこには三匹のゴブリンが鎖で繋がれ、威嚇の目でナンバラを睨みつける。


「な、なんです、これ?!」


「弊社の新入社員、ゴブスケ、ゴブタ、ゴブゾウくんだ!今、話題のゴブリンだよ!」


ナンバラは恐る恐る、それを見る。

口には特製の口枷、手足はそれぞれ右手と左手、右足と左足を頑丈な鎖で繋がれている。つまり、行動はかなり制限されているようだ。


「工場長、これを飼うんですか?」


「ったく、何も知らない奴だな。社員って言ったろ?こいつ等は新しい労働力なのさ!」


ハマグチはそう言うと、分厚いマニュアルと6個のリモコンスイッチをナンバラに投げ渡す。


「詳しい事は、仕事しながら読んでおけ。俺は朝からお前の穴埋めで疲れた」


「ちょ、工場長!どうすればいいんです?」


縋りつくナンバラに、ハマグチは「しゃーねーなぁ」と、リモコンのスイッチを取り上げると、ゴブタと命名したゴブリンに向けてスイッチを押す。


バチバチッ!バチバチバチバチッ!


すると、ゴブタの隣りに居たゴブスケが、仰け反って苦しみ始める。


「あ、こっちか?まあ、いい。ボタンを押すと電気が流れるから、それで言う事を聞かせるんだ。慣れれば便利だぞ!」


ハマグチはナンバラに、そう言って去って行く。

残されたナンバラはリモコンを手に途方に暮れるも、溜まっている仕事は待ってくれない。取り敢えずフォークリフトを操作して、荷物を降ろしていくと、伝票を見比べて仕分けしていく。

それが終わると、ナンバラはうんざりした表情になる。先週までは二人の外人スタッフが動いてくれたのだが、度重なる工場長の暴力に嫌気が差し、ついに逃げ出してしまったのだ。

その為、ナンバラは三人分の仕事を一手に背負うようになり、負担の大きさにげんなりしていた。


「んじゃゴブリン、あと頼むよー・・・なんちゃって、な」


あの緑の猿に何が出来るかと、ナンバラは自分を嘲笑する様なため息が漏れた。だが、以外にもゴブリンは彼の号令に応えるように、荷物に群がってくる。

そして、並べた荷物をそれぞれ正しい位置に置き始めると、ナンバラが準備した仕事はあっという間に片付いてしまった。


「こりゃ・・・すげえ!あの逃げた二人より、全然早く仕事が終わるじゃん!」


どうやら工場長がある程度の仕込みは済ませてくれていたようで、ナンバラが特に指示をしなくても、ゴブリンはテキパキと働いてくれている。疲れを知らないゴブリンの強靭な肉体と、機械的なことを繰り返す短調作業は相性が良かったようだ。

お陰で今日の仕事は早く終わったので、ナンバラは残りの時間をゴブリンとのコミュニケーションに充てることにした。


「お手!おかわり!ははっ、なんだ見た目に反して、素直じゃないか」


ナンバラはバナナを投げて取りに行かせると、最初に取って戻れたゴブリンに「ご褒美」として、口枷を外して食べれるようにしてやる。


「うわ・・・、歯が全部抜かれて、うちの爺ちゃんみたいだな」


ナンバラはそのシワの寄った表情に、祖父の面影を重ねていた。

これはナンバラにとって、致命的な間違いであった。彼らは凶暴な怪物であり、決して心を許してはいけない生き物であるにも関わらず、優しい祖父と重ねる事で油断をしてしまったのだ。

そしてもう一つのミスが、マニュアルを熟読どころか、一瞥もしなかったことだ。


「なんだ、お前も食べるのか?」


近寄ってきたゴブリンに、ナンバラは笑顔で迎える。手枷もキツそうだし、少し緩めるのも良いと考える。


カプッ


ナンバラがゴブタの手枷に触ろうと手を伸ばした刹那、それはナンバラの腕にゆっくり噛みついた。その様子は飼い犬が甘咬みしているようで、どこか微笑ましく思えた。


「おい、おい。あんまジャレつくなって、はは・・・お、おい・・・」


ゴブリンの咬力は、筋肉を切ってあるので流動食しか食べれないほど弱くしてある。

いや、弱くしてある「はず」だった。ナンバラの腕がうっ血してくると、流石の彼も異常事態であると気付き、もう一つの手でリモコンに手を伸ばす。


「やめろ!離れろ、こらぁ!」


バチバチッ!バチバチッ!


スイッチを押して悲鳴を上げたのは、噛み付いているゴブリンでは無い。


「こ、こっちか?!い、いでで・・・」


ナンバラが違うリモコンに手を伸ばすも、もう一匹のゴブリンが彼の手をガシリと掴む。その握力は、重い荷を容易に持ち上げる程の力を秘めており、ナンバラの腕はメキメキ音を立てて、あらぬ方向に曲がっていく。

ナンバラは顔面が蒼白になると、ブワッと冷や汗が噴き出し、頭が真っ白になる。


「や、やめ・・・いで、いでで、あぎゃぁー!」


ナンバラの悲鳴に、離れの仮眠室で休んでいたハマグチは飛び起きる。だが、嫌な予感を感じた彼は、武器と防具を装備して、恐る恐る工場に足音を殺して忍び入る。


ハマグチはマニュアルの最後に、赤字で大きく「緊急時は、必ず連絡を入れて下さい」の記述があった事を思い出すが、それは出来ない。なんせ三体のゴブリンを貸与するのに、従業員数を偽っているのだ。なんとか、ここは自力で解決しなければならない。


薄暗い工場内に、血痕が見えるも、ナンバラの姿は見当たらない。そしてゴブリンも。


「マジかよ・・・。初日で、これか?」


ハマグチが金属バットを片手に、キャッチャーマスクで狭くなった視界を凝らし、様子を見る。ゴブリンの行動範囲を工場内に設定したはずだから、この屋内から出てはいないはずだ。

この時、ハマグチはゴブリンを行動範囲外、つまり工場の外で構えるべきだった。センサーの外に出れば、ゴブリンは電気ショックが働いて動けなくなるのだから。

だが、焦りもあったハマグチは、愚かにも三匹が潜む工場内で戦いを挑んだ。


「とにかく、電気ショックのスイッチを探さないと・・・」


ハマグチは、スイッチをまとめてナンバラに渡したことを後悔していた。セットになっているのだから、片方は予備に預かっておくべきだったのだ。


ハマグチは血糊の跡を辿ると、首や足などの位置がメチャクチャに入れ替えた状態のナンバラが見付かる。首を限界まで引っ張られたナンバラの顔は恐怖の歪み、その口から吐き出された血は、今でも緩んだ蛇口のようにボタボタと滴っている。


「ひっ!ナンバラ・・・!」


変わり果てたナンバラに、悲鳴を小さく上げるハマグチは、咄嗟に口を塞ぐ。声で気付かれないかと、すぐに周囲を確認する。


(いない・・・か)


ほっと胸を撫で下ろすハマグチは、壁を背に身構える。ナンバラが手遅れと分かった以上、彼の頭には、この責任から如何に逃れるかという事で一杯だった。自分も被害者なのだから、それを大体的に訴えて損害賠償で一山当てるのも、悪くない。ゴブリン被害者第一号となれば、何かの度にゴブリンの危険性を訴えてメディア出演も可能かもしれない。そんな打算を考えると、今、直面している問題が忘れられる。


(よし、一旦ここから脱出しよう!)


出口までダッシュで駆け抜けるハマグチは、後頭部に鈍い痛みを受け、転倒する。


「いってぇ!なんだぁ!?」


床に見慣れた資材が転がっているのを見て、これが後頭部にぶつかったと認識したハマグチは、ゴブリンからの攻撃が来たことに戦慄する。


「や、やべぇ!」


第二、第三の投擲が来ると判断したハマグチは、出口に向けて走り出す。だが、脳震とうを起こしたようで、足が真っ直ぐに動かなず、フラフラとあらぬ方向に歩を進めると、そのまま横に倒れてしまう。

そこにゆっくりと近づく三匹の獣に、ハマグチは恐怖で涙と鼻水を流し、命乞いをする。

その惨めで哀れな表情がゴブリン達の心に触れたようで、彼の命を少しだけ永らえさせる。だが、それがゴブリンの嗜虐心をくすぐった結果と考えると、命乞いが愚策であったことは言うまでも無い。

※登場する人物はすべて架空の人物であり、特定の人間を揶揄するものではありません。

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