10 安価な労働力とは?
短編作品「逆にゴブリンがこっちの世界に転移してきたら」を分割したバージョンです。
内容は変わりありませんが、少し読みやすくなると思います。
(短編バージョン)https://ncode.syosetu.com/n6469ji/
街道演説を行うコウモトの横には、緑色の少年が牙をチラつかせながら、笑顔で愛想を振りまいている。
「見て下さい、イッセー君の可愛らしい笑顔を!我が国の法では、間もなく彼に自殺装置を取り付けて、人間の都合によって奴隷労働を強制された挙句、殺処分されるんです!」
傍聴者の注目が小さなゴブリンに移る。
するとゴブリンのイッセーは、申し合わせたように笑顔を消し、ボロボロと涙を流して傍聴している人々に問いかける。
「・・・ボク、死ンジャウノ?」
母親であるナカジマがイッセーをギュッと抱き締める。
「大丈夫・・・、そんな事は、絶対にさせないから!」
周囲からパラパラとした拍手が鳴ると、それは徐々に広がり、天を割る勢いの拍手の轟音となる。そこにいる全ての者の心が一つになったことを、コウモトは確信していた。
だが、ネットでのイッセーやナカジマに対するそれは、決して良いものでは無かった。
彼女を「ギョウ虫女」「寄生虫を孕んだ雌」と揶揄する書き込みや、イッセーへの殺処分の署名運動、脅迫文などの嫌がらせも後を絶たず、そんな悪意からイッセーを守る法が無いことはナカジマの精神を疲弊させた。
イッセーが殺されたところで、犯人には殺人どころか動物愛護法ですら適用されないのだ。
頭を悩ませるのは彼女たちだけでは無かった。時の総理大臣ヒロシマもまた、この件について深刻な問題として受け止めていた。
「タケダさん、話が違うではありませんか!人間がゴブリンの子を産むことは、出来ないはずだったのでは?!」
ヒロシマがタケダに詰め寄るも、タケダは毅然とした態度を崩さず、むしろヒロシマ総理を落ち着くようなだめすかす。
「あれは人間がゴブリンを産んだ訳では、ありませんよ。寄生虫の如く、宿主に卵を植え付けられ発生したに過ぎません」
「しかし、知性と感情を持ち、言葉まで話すとなると、話が変わって来るのではないか?」
「総理、彼らが知性と感情を持っていることは、最初から承知していたはずですよ。人語を発するのは意外でしたが、それが彼らの定義を揺るがす事には、なり得ません」
タケダの威風堂々とした立ち振舞いは、傍で見ている者にはどちらが総理なのか、分からなくなる。
「良いですか、総理。安価な労働力は、経済発展に無くてはならない、国の宝な訳です。これに権利を付与すれば、安価な労働力は高価な労働力に変わり、再び日本は不況に陥りますぞ!バブル崩壊、リーマンショック、コロナ不況をお忘れですか?」
「も、もちろん、私とて、あの時代を駆け抜けた人間だ。安価な労働力を確保する事の重要性は、誰よりも理解している」
バブル崩壊以降、日本は安価な労働力確保に奔走した歴史とも言えるだろう。特に途上国の経済発展に伴い、日本は深刻な安価な労働力不足に苛まされた。日本は単純労働を海外の安価な労働力に依存して来たからだ。
タケダが躍進したのも、その頃からだった。当時、政治家として、また経済評論家として、栄華の時代を取り戻す野望に燃える彼は、「日本型雇用」の弱点に気付いていた。
弱点とは、若い労働力を安価に提供させる代わりに、労働力としての価値の落ちる中高年になったら相応以上にして報酬を支払う、言わば本来貰うべき報酬を利子付きで会社に貸し付けると言うものだった。
これが社会の暗黙のルールとなっていることに目を付けたタケダは、解雇自由化にする事に成功すれば、この企業が背負った「隠れた債務」を帳消しに出来るのではないか、と。
実際に、派遣会社ビジネスは大成功だった。海外の派遣システムと違い、実質は首切り代行業という日本でしか通用しないビジネスではあるものの、企業はそれを最大限に活用することで贅肉を落とす事に成功し、骨や脳など重要な器官だけを正規雇用として迎え、大事に扱えば良いのだ。
当然の如く贅肉からは批判と不満が相次ぐが、所詮は支配層に太刀打ちなど出来るわけもなく、巧みな情報工作などで贅肉同士をいがみ合わせ内部分裂させる事で、団結を防いできた。
こうして新たな低賃金労働力を確保するも、タケダは新たな問題に直面する。派遣会社が増え過ぎたのだ。彼らはもっと低賃金労働者を寄越せと要求する。
だが、自国民を奴隷に落とすにも、限界がある。利益の少ない個人経営者を廃業に追い込むなど、乾いた雑巾を絞ってもみたが、そもそも少子化という弊害が発生してしまい、日本は悪循環を生み出す事態となる。
(奴隷の再生産が必要だな・・・)
次のステージとして、タケダが考えていたのは「移民」だ。その為の働きかけに暗躍していた所に、ゴブリンと出会った。
ゴブリンとタケダが出会うことがもう少し遅かったら、日本は移民を受け入れる事になっていただろう。
だが、そのゴブリンが、いま重大な岐路に立たされている。恐らく理想の最終形とも言える低賃金労働力としての利点を、我が国は放棄する決断を取るかも知れないのだ。
「どうかな、タケダさん。イッセー君に限って人権を与えるべきかと。例えば言葉による意思疎通が可能な個体は例外とする特例を定めるなど・・・」
「それはいけませんよ、総理。それを許せば、次は解釈の拡大が起こります。言葉による意思疎通が出来る可能性がある個体はどうするか?と」
タケダは、ゴブリンの権利向上の一切を認めない姿勢だ。その為に尽力を尽くしてきた彼にとって、当然の意見と言えるだろう。
「良いですか、総理。彼らに地位や権利を少しでも与えれば、それはアリの一穴となり、必ずや、我が国に遺恨を残す事になるでしょう」
「ですが、タケダさん。例の高知能個体について、どうすれば良いのですか?」
タケダは「ふむ」と顎を撫で、少し考える。
「どうもしない・・・のが、宜しいでしょう。未来永劫この件は棚上げ。一生かけて議論を続けて頂きましょう。さすれば、あらゆる事は検討中で片付くでしょう」
タケダは総理の目を見ず、そう言い放つ。権力にしがみつく事が精一杯の、この男だ。これで私の指示通り動くだろうと、タケダは思った。
※登場する人物はすべて架空の人物であり、特定の人間を揶揄するものではありません。
ちょっと派遣会社に悪意を持って書きすぎましたね。まぁ書いてて面白かったです。




