007 スタート準備(焚透)
「よぉ、タクト、墓参りはどうだった?」
ノートパソコンを置いていたローテーブルに足が当たった振動でスリープモードが解除されると、キーボードの上で寝ていたホワイトタイガーが目を覚まして大きな欠伸をした後、開口一番に発した言葉がそれだった。
「・・・」
最近たまに自宅のノートパソコンの電源を落とさずにスリープモードにしたまま外出するときがある。
それは主にキーボードの上で大の字になって寝ているホワイトタイガーを起こすに忍びないと思ってしまった時などで、、、やはり電源は落としていくべきだったかもしれない。
「なんだ?俺には言えないのか?」
「んー、、、別に、何の感想も無いからかな?」
そう言えば親戚からたまには墓参りに行くようにとかかってきた電話をここで受けていたことを思い出し、タクトが肩をすくめて見せるとそれをまねてかホワイトタイガーも3頭身の丸い体ではほとんど無いはずの肩をすくめて見せた。
そのホワイトタイガーはタクトがゲームテスト時に使用しているヘルプ機能搭載のサポートキャラだ。
「そう言えば、サポートキャラに実体を持たせようとドローン機能付きのAIマスコットを開発中だって聞いたな。
実体を持ちたい?」
座りながら脱いだ上着をカウチソファにかけると仰向けに寝て足を伸ばし、顔だけをキーボードの上にいるホワイトタイガーに向けた。
「はっ?実体なんか持ったら俺はどこに帰ればいいんだ?
俺はこのままでいいんだよ。
おまえなぁ、そんなこと聞く前に、もうそろそろ俺の名前でも考えたらどうだ?」
「名前?考える?」
ホワイトタイガーに指摘されて考えてみると名前を付ける行為自体を意識していなかったことに思い至った。
「何らかの情が湧いたら名前を付けたくなるもんなんだろ?
サポートキャラをまったくチェンジしないってことは、まあなんだ、コホン、お前は俺を気に入ってるってことだからな。」
「はははっ、確かに気に入ってるよ。
うん、名前か、名前を付けるなんて考えたことも無かった。」
「ふーーーーん。」
起き上がって座り直すタクトにジト目を向けているホワイトタイガーの尻尾が薄情者とでも言いたげに激しくキーボードを叩きだした。
ホログラムで投影されているホワイトタイガーはキーボードを物理的に押すことも叩くこともできないのだがタクトは困ったように眉を下げて苦笑した。
「考えとくよ。」
呟きながらそのまままた横に倒れるタクト。
「なんだ?気分が落ちてそうだな。」
「ん?ああ、ほんとはマシロさんと一緒に帰ってきたかったんだけど。
構築世界参加申請処理が忙しくて無理そうだったから、俺だけ一足先に帰ってきた。」
「なるほど?
ん?おい、プラチナプラスユーザー体験版の最初の構築世界からエントリー許可の通知が来てるぞ。」
「もう来たのか?早いな。」
「待ってろアプリ起動してやる。」
タクトに背を向けたホワイトタイガーをよく見ると、体が透けてディスプレイ画面が見えている。
ホログラムの光よりディスプレイの光度が高いためだろう。
「そうだ、さっきの実体の話だけど、マスコット側とアプリ側の同期はできるから、実体マスコットをスリープしてPCの方に帰る?こともできる。
オフィスのPCから俺が呼び出したときはホログラムのままになるけど。」
「なに!同期できるならそれを先に言え、先に。
ほら、アプリ起動してやったから、さっさと設定に進めよ。
分からないことがあったら俺に聞くように。」
ローテーブルの上に置いていたヘッドセットに手を伸ばすと、短い足を蹴って飛んできたホワイトタイガーが4本足で乗ってきてガオウッと笑っている。
「実体のないホログラムでも手の甲に温かさを感じて現実味はあるからマスコットに拘る必要は無いのかも知れないけど。」
暖かさを感じるのは部屋に幾つか設置しているセンサーや専用機器によってホログラム範囲に作られる空気圧と温度調整によるもので、タネも仕掛けもあるアルゴリズムだと理解していても、ヘッドセットを持ち上げた手がホワイトタイガーをすり抜けなければ、本当に手の甲に乗っているのだと錯覚を起こしてしまう。
通常VRのヘッドセットより軽くアイスコープ部分が薄いヘッドセットを装着して「じゃ行ってくる」とホワイトタイガーに声をかけ横になる。
「おう、行ってこい!」
「ログイン」
いつものように暗い空間に引き込まれ、重力を感じない状態で適当に降りたつ位置を決めて足を付ける。
「ゲーム選択」
タクトの前に小さな扉がいくつも並び、その中でNEWのテキストが光るドアを選択すると巨大化した扉が開き、動かないタクトを扉の中へと誘い通り過ぎ消えて行った。
空気も無ければ風も振動も無いデータ空間で、風に煽られたように髪や服が揺らいでいる。
「何だこの演出?まるで突風にあおられたような感覚だな。」
薄暗いまま、ドアを通り越した割りに全く変わらない宇宙のようなローカルエリア空間に直径1mほどの月色の球体がぼんやりと浮かんでいる。
「さてと、メインプレイヤーはヒイロ?と言う名前だったかな。
構築世界の設定。」
サブプレイヤーのテリトリーが8つ設定され、その中の幾つかに色がついて既にエントリーされている。
「主人公のエントリーを待たずに、IDを持ってる全員をログイン可能状態にしてるのか。
ということは、さっきのエントリー許可通知は一斉配信?
それでサブプレイヤーが既にエントリー済みって、どれだけみんな狙ってたんだか。」
エントリー許可の通知を受けてほんの数分ホワイトタイガーと会話をしている間にサブプレイヤーがエントリーされていることに驚いたタクトの目の前で空いていたサブプレイヤーエリアのすべてに色がついた。
・・・これは気にするだけ無駄なやつ。
「俺もさっさと設定を終わらせよう。
アバターカード。
スタッフクラウドからのアップロード。」
システムからテキストが表示される。
<スタッフクラウドからのアップロード>
<アップロード完了>
システムからのテキストが消えるとタクトの前に1枚のアバターカードが浮かび上がる。
通常なら、メインプレイヤーが顔や髪型など複数の部位に別れている様々な選択肢からカスタマイズ設定するのだが、今回は主人公役の本人が選択するということでタクトは事前に出来上がったキャラクターのイメージをスタッフ専用のクラウドにアップロードしていた。
「スタッフ権限でアップロードしてもらった既存キャラのアバターを選択。」
赤茶の髪色に薄いグレーの瞳、白いシャツ、黒いズボンに黒い靴、銀糸の刺繍の刺されたコートを羽織っている18歳設定の青年。
タクトが選んだのは、一人モードゲームのテスト時にイメージ作成した最後には倒される暴君キャラクターの初期設定だ。
「久しぶり、暴君な俺。
今度は楽しい旅をしよう。」
触れたカードが小さな光となり球体に吸い込まれて行くのを見送り、タクトは構築世界の設定と主人公設定を呼び出した。
メインユーザー以外が設定を変更することはできないが、マスクされていない設定は個々のローカルエリアからも閲覧可能。
「主人公のタイプは神官で追加要素が商人、とテイマー?、と吟遊詩人??
・・・面白い組み合せだな。」
主人公設定の次に構築世界の設定を確認したタクトは首を捻った。
「構築世界自体も、階級以外の属性タイプをすべて選択している割には、テリトリー外の個別設定は1つずつ設定してる。
大雑把なのか几帳面なのか判断迷うな。
ワープ設定が未設定ということは、まだ他のメインユーザーとの交流はしてないって感じか。
その割にオフィススタッフには事前に声をかけている?
社交的なのか内向的なのかもよく分からないな。」
タクト自身はヒイロに会ったことはなく、どんな人間かも知らない。
本来なら全く予定になかったオフィススタッフとしての参加、タクトが主人公として参加することになったのはオープニングイベントの概要が決まった頃に唐突にヨウキから頼まれたからだ。
ーーーーー
「タクト、頼みたいことがある。」
「ヨウキさん、、、何ですか?改まって真剣な顔をして?」
ヨウキが頼ってくることなどめったになく、ずいぶん前に恋愛ごとで相談をされたと言うより話の聞き役をしたり、後は幹部候補にと言う話があったくらいで・・・、いや他にもあったかもしれないがどちらにしろ碌なことではなく嫌な予感しかしない。
「プラチナプラスユーザー向けの体験版リリースの為のオープニング概要が決まっただろ?」
「そうですね、決まったみたいですね。」
「そこでメインプレイヤーを勝ち取ったユーザーの構築世界で主人公をやってくれないか?」
ガッツリと肩を掴まれ真剣な顔を向けられ、これは断れないやつだと悟った。
「訳を聞いても?」
「いや、今は何も聞かずに引き受けてくれるとありがたいんだが。」
訳も言わずに引き受けてくれとはかなりの無茶ぶりだが、ヨウキがそんな無茶ぶりをするような人間で無いことは知っている。
もしかしてマシロさん絡みかも知れないと推測。
「・・・・・わかりました。
俺にデメリットがある訳では無いようですし、けど、まさかすべてのメインプレイヤーの、とは言わないですよね?」
「うん?ああ、もちろん一人でいい。
条件は一番最初にメインプレイヤーの権利を取得したユーザーの構築世界の主人公。」
「?」
「言える範囲で言うと、まだ決まってもいない内にメインプレイヤーをやると断言してうちのスタッフに声をかけた奴がいてね。
色々あって一番器用な奴を出すということになったんだ。」
「・・・・一番器用な、ですか。」
マシロ絡みの話では無さそうで引き受けたのは早計だったかもと、タクトの顔からスンッと表情が抜けた。
「まあ、そいつなら十中八九メインプレイヤーの権利を取ると思うんだけど。
取れなかったら取れ無くてその方がいいから、さっき言った一番最初にメインプレイヤーの権利を取得したらと条件を付けたんだ。
これなら他のユーザーにも公平だし、かなりのサプライズになると思う。」
ヨウキにしてはその人に対して煮え切らない態度のように思えて、
「ヨウキさん、もしかして、少しイラついてますか?」
つい、聞いてみるとヨウキは自分でも自覚していなかったようで、驚いて目を見開いた後にすぐ引き攣った笑みを浮かべた。
「そんな風に見えるか?」
ーーーーー
「どんな人か教えてもらえなかったけど、まあ、会って見たらわかるか、アバターだったとしても。」
球体の中央から強い光が発せられ十字に伸びる光の線がまるで早く来いと言っているようだ。
光の中心となる球体の原点に手をかざし指でなぞるとステータス画面が浮きだし、そこには卵孵化可能のテキストが表示されている。
「やっぱり既にメインユーザー待機中か。
はっ、はははっ、時間を指定してくるかと思ったけど違ったみたいだな。
ついさっきのエントリー許可通知がログインしろという合図だったとか?」
自分でもよく分からないが愉快に感じ止まらない笑いを噛み殺して、タクトが使用する主人公のIDを空に書きステータス画面の前に表示した。
「じゃ行ってみるかな、ヒイロの構築世界にログイン。」




