008 出会い
ローカルからクラウドへ、静止状態で引き込まれる感覚、体感があるとすればエレベータ下降直後の空気圧の無い負荷と言う表現が近いかもしれない。
足元が白く色づき始めると、立ち位置を中心に広がる白光が波となり、押しては返す暗闇との狭間に飛沫を飛び散らせ、やがて海の潮が引くごとく闇は去り世界を浮かび上がらせた。
静けさの中で髪を揺らす風が何度も通り過ぎる。
「青と白の世界だ。」
夏の力強さを感じる青い空、ホワイトサンズの砂漠を思わせる白い地面。
「青空に浮かぶ白い砂の島と言ったところか、360°平面で果てに地平線しか見えない。」
砂と言っても足が埋まることは無く土の上にいる感覚に近い、少し距離はあるが見える範囲に上に向かう階段が1つだけあった。
「上にもう一つ島があるのか。
・・・・島というより厚みのある白い円盤?」
階段の先を追うと、薄い雲で囲まれた円状の島が周りに白い砂を零しながら浮かんでいる。
零れ続ける砂は空の途中で消えて下までは落ちていない。
今いる島より小さく、恐らく島の中心辺りに建てられているのだろう白く太い円柱が幾つか見え、その上には半円の屋根だけがある。
「雲の上に建つギリシア神話を思わせる建造物は神殿かな、厳かだな。
他には何も無いし、差し詰め、メインプレイヤーはあの小島の方にいるのかな?」
階段を目指して歩き始めたタクトは、この青と白の世界に黒いコートを着た自分はずいぶんと浮いているだろうと肩をすくめた。
石膏の煉瓦を積み重ねられただけの階段の幅はさほど広くはなく、上の島を仰ぎ見ると1km以上はありそうな距離。
「飛べないことも無いけど、登って来いってことだろうな。」
階段を半分ほど登ると踊り場となる丸い床のスペースがあり、半円部分にだけある柵の手すりに沿って歩くと方向を変えた階段に行きつく。
柵に腕を乗せ下を覗くと先程までいた島の全体が見え、上の島と同様に円状で周りに砂を零していた。
「空に浮かぶ様は池に浮かぶ睡蓮の葉みたいだな。」
上に向かう階段に足をかけ見上げた雲の先にうっすらと見える神殿の建つ島は、やはり下の島より小さく1/2ほどの大きさのようだ。
雲を抜けて階段を昇りきるとすぐに8本の白く太い円柱が目に入った。
「下から見えるほどだから想像はしていたけど、かなり大きいな。」
ログインした島の位置からは見えなかったが8本の柱は島の中央にある祭壇を囲むように高く聳えたち、祭壇の中央には大きな卵を乗せたキュリクスが置かれている。
「上下の島をつなぐ白い階段と神殿、それに古代ギリシア神話を思わせる盃、の中に卵、と。
ユーザーにとって原点はイメージしにくくプログラム補間率は高いと想定されてるけど、このユーザーはそうでもなさそうだな。」
タクトが卵に近付くとそれに呼応するかのように”ダンッ!”と、卵の内側を叩く力強い音が聞こえた。
卵の中のヒイロは、この構築世界の原点にやってきた誰かがおこした僅かな振動を捉えていた。
「フッ、やっと主人公が来たみたいだな。」
階段を登りきるのを今か今かと待っていたヒイロは、誰かが卵に近付いてきたタイミングを見計らい尻尾を振りあげ力強く殻を叩いた。
ダチョウの卵の2倍以上はある大きな卵の内側から聞こえるくぐもった響き。
1度目の響きで天辺にひびが入り、2度目の響きで大きな割れ目を作り、3度目の響きでは卵の上半分の殻が跳ね飛んだ。
「んっ?卵の殻を飛ばすなんて元気だな。」
飛んできた殻を難なく避けたタクトの目の前で、青みを帯びた黒いドラゴンが卵から顔を覗かせて凝視してくる。
提供アバターには無いその姿はユーザーのオリジナルだろう、タクトが最初のテストのときに使用したヒヨコよりは大きいがドラゴンとしては小さくかわいい。
視界を遮っていた卵の殻の天井を太い尻尾で跳ね飛ばすと、近づいてきていた男がほんの少し顔を逸らして躱すのが見えた。
殻を避けて揺れたばらつきのある前髪、適度に跳ねた髪はうなじにかかる程度の長さで、平凡な赤茶色。
薄いグレーの瞳の色は、思考が読みにくそうで掴みのどころの無さを感じる。
顎のラインは細く目鼻立ちは整ってはいるが、端麗と言う程でもなく、平凡と言えなくもない容姿。
片手を腰に置く立ち姿は物腰柔らかく、品の良さを感じる。
近づいてくる、ただそれだけで膝裏より長めのコートの裾のさばき方に流麗さを感じたし、更に俺様でなければ気づかないだろう、いきなり飛び散った殻を俊敏に避ける動作には鋭利さ感じた。
裾や袖、襟元やポケットの縁などに銀糸の刺繍が刺された上質な生地の黒いコートを品よく着こなし、まるで貴族のような身分の高さを感じさせる。
「ムッ、階級を有効設定していないにもかかわらず貴族を感じさせるとは、もしかして空気読めない奴か?
器用な奴だと聞いてたのに。。。」
コートと同じ生地の幅広いベルトで引き締められたウエスト、180cm程度の高さの体躯は細身に見えるが、予想以上に鍛えられているだろう。
性格はまだ分からないが、聞き及ぶ限りの能力であれば問題ない。
「まあ、とりあえず合格だろう。」
フフンと鼻を鳴らす小さなドラゴンのラピスラズリのように青く複雑な色の混ざる大きな瞳に髪をかき上げて首を傾げるタクトの姿が映っている。
「合格?何に?」
「俺様と、この弱肉強食の世界で旅することにだ。」
大きな瞳を細めて威圧しようとでもしているのだろうが、小さな牙を見せつけ口角を大きく上げるドラゴンの笑みはどちらかと言うとチャーミングだ。
「弱肉強食の世界?そんな感じ?
了解。」
期待していた反応は無く、少しの動揺も見せない目の前の男にヒイロは腹立たしさを感じた。
「ふん、生ぬるいデフォルト設定をテストするのとは訳が違うぞ。
コアユーザーの使い方を拝ませてやる。」
虚勢を張るドラゴンに向かって頷きつつ、その複雑な色の瞳を覗き込んだタクト。
「一応、この体験版はR15設定なので、あまりやりすぎると規制が入るから気を付けて?」
「そんなことくらい知ってる!
まぁ、いい。
どうせお前は俺様には敵わないからな。
要するに、いくら主人公と言っても、俺様から見たらお前は弱い人間だということだ。」
訝し気な顔から得意げな顔に、小さなドラゴンはコロコロと豊かに表情が変わる。
卵から孵ったばかりの小さなドラゴン(と言っても頭の先から尻尾の先まで50cm以上はある)が、卵の割れ目に両前足を添えて立ち、背筋を伸ばして悠々と羽を広げフンッと得意気に鼻を鳴らした。
「お前のことは聞いてる。
名前は焚透、プログラマー兼テスターで、テスターとしては、オフィスの中では一番出来がいい。」
名前は公開しているので知っているだろうけど、この口調と自分のJOBを知っていると言うことは、このユーザーとヨウキさんは思ったよりも親しいのかもしれない。
タクトの脳裏に主人公を頼まれたときのヨウキの顔がよぎる。
「誰に聞いたんだって顔したな。
もちろん、教えないけどな。」
吹き出しそうになった口を抑えて俯いたタクトだが、ふとその口調や態度に妙な既視感を感じて肩を揺らしたままドラゴンを見上げた。
複雑な青色の奇麗な瞳から鋭い視線が投げられている。
「なんだ?しょうもないガキを見る目を向けられた気がするぞ。
馬鹿にしてるのか?」
「はは、ごめん、馬鹿にしてないよ?」
拭えない既視感に思わずドラゴンの頭に手を伸ばすと、ドラゴンから変な悲鳴が飛び出した。
「ぴゃっ?」
不意に伸ばされた手が自分の頭に添えられ、まったく予想だにしなかったことに情けない声をだして、しかも尻尾の先まで上げてしまったドラゴンは、頬を上気させた。
「なっ、なっ」
頬を上気させて尻尾をブンブンと振り回すドラゴンの頭を少し強めに撫でると我に返ったようで、卵の中からタクトの様子を伺うよう上目遣いに視線を投げられた。
この奇麗な瞳のドラゴンのことは何と呼べばいいんだろう?
「それで、俺様?
名前は俺が決めていいのかな?」
大きな目を更に見開き、割れた卵の先に両手の爪をかけ身を乗り出したドラゴン。
「名前だと?お前に決められるまでもない。
俺様の名前は、柊色だ!」
ダンッ!
振り回された太く先のとがった尻尾が入っていた卵に当たると下から上に幾つかのヒビが入って広がり花ビラが開くように八方に割れた。
タクトは頭に乗せていた手を退け、すっかり全身の見えたドラゴンの両脇に手を差し入れて顔の前まで持ち上げた。
「柊色か、いい名だ
改めまして、俺は焚透
じゃあ、これからよろしく。」
「おう、いいぞ。
弱肉強食の世界だからな、弱いお前はせいぜい俺様に守られていろ。」
初めてあったはずのこの構築世界のメインユーザーであるドラゴンだが、やはり妙な既視感を拭えない。
なんだか、知ってるような、誰かに似ている?だれだ?セツキさん、いや違う。
こんな性格の知り合いいたかな?いたような、ともう少しで思い出せそうな時、羽をパタつかせたヒイロがタクトの手から抜け出た。
「じゃ、早速案内してやるぞ。」
タクトの目の高さを維持して飛ぶヒイロは丸い指から出した鋭い爪を空に向け、杖を振るようにクルッと振るって見せた。
「俺様が卵の中にいる間にサブプレイヤーたちが集まったみたいだから、先にそっちを確認しとくか。
マップオープン」
ヒイロの爪の先に表れたバスケットボールより一回り大きい直径30cmくらいの青暗い球体に様々な形の8つのサブプレイヤーのテリトリーが表示されている。
「ところで、ヒイロは自分のことずっと俺様呼び?」
「お、おう!変か?」
マップを半周してタクトの背に回り込んだドラゴンは、後ろからタクトの肩に首を乗せると顔を覗き込んできた。
さっきまでの強気な発言はどこに行ったんだ?と指であごを撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしている。
「いや、変じゃない、聞いてみただけ。」
「そうだよな、俺様は強いから俺様呼びが似合うはずだ。」
タクトの肩に腕と頭を乗せたまま満足気にうんうんと頷くドラゴンはその体制のまま背中から反対側の肩に足と尻尾を回してきた。
「よし、そのままマップを見て見ろ、サブテリトリーがあるだろ?」
「確かにあるけど、数は8つなんだ。
ローカルログインエリアで見てたけど、サブプレイヤーのテリトリーエントリー枠が秒で埋まってた。
これだけ広ければもう少し数を作れたんじゃないのか?」
「ん?ああ、好きに書いてたらこうなっただけで、数は気にして無かった。」
カッカッカッと小さく笑いあっけらかんというヒイロ。
自世界のサブプレイヤーに親しく交流のあるユーザーはいないらしい?
「気にしてなかったんだ?
知り合いをサブプレイヤーには指名してないってことかな?」
「指名したいやつらはサブにはなれないんだと。
だから入りたいやつが勝手にやってたらいい。
どうせ俺様が一番強いんだしな!」
背中で振り子のように振られている尻尾も気になるが”指名したいやつら”と言うのも気になる。
ヨウキさんは「うちのスタッフに声をかけたやつが」と言っていた、複数形では無かったのでアオバのことかと思ったけど、他にもいるらしい?
「お前もそう思うだろ!ドラゴンである俺様が一番強いって!」
「確かにヒイロが一番強いよね、俺よりも強いし。」
「もちろんそうだ!俺様が一番強くてかっこいい!」
フフンと鼻を高くしたヒイロは振っていた尻尾を止めると、タクトの後頭部に腹をあてて両肩に両足を乗せ頭上に両手を添えた。
肩車の立ちバージョンだ。
落ちないだろうと思いつつもヒイロの両手に自分の手を添えささえるタクト。
「ところで指名したいやつらって、、、」
「そのかっこいい俺様のことをマシロさんに見せつけてやるんだ!」
ぴっしゃーん・・・・!!
「ん?なんだ空気が変わったような?」




