003 どんな人?
昨日使用されたショールームの片づけの手伝いを終えた鳩羽が、1Fのエレベーターホールまで行くと雨に濡れたアオバが水の滴る傘を畳んでいた。
「お疲れ様です、アオバさん。
外の雨、結構降ってたんですね、傘を持ってるのにそんなに濡れて。」
さっきまでいたショールームからも外は見えていたが、あまり気にしていなかったため、そこまで降っているとは思っていなかった。
「俺が傘を持ってなかったから。」
「あ、シキさんも、お疲れ様です。」
アオバの横にいるシキに気づき、頭を軽く下げたハトバは、アオバが半身だけしか濡れていないことに気がついた。
なるほど、傘を持っていたアオバさんがシキさんの方に広く傘を被せていたから、半身だけが濡れているのか。
「ハトバさん、お疲れ様です。
見かけほど濡れてないですよ。」
畳んだ傘を傘立てに入れ、手についた水滴を払うアオバの髪からも水滴が滴っている。
アオバはシキに気を使わせたくないのだろうと、ハトバもそれ以上は言葉にせず、ポケットのハンカチに手を伸ばした。
「アオバさん、これ。」
ポケットからハンカチを出してアオバをみると、ハトバの後方に視線が向いている。
「いや、だいぶ濡れてる。
ちょっと待ってろ、ショールームにタオルを置いてたから取ってくる。」
「ヨウキさん、いりませんから。」
後ろからの声にハトバが振り向くと、声の主は既にいなかった。
「ヨウキさん、はやっ。」
「とりあえず、カフェルームに行って温かいものでも飲みましょう、シキさん。」
「いや、アオバはだいぶ濡れてるから、ヨウキのタオルを借りた方がいい。」
「大丈夫ですよ。」
何ごともなかったかのように、エレベーターの昇降ボタンを押したアオバにヨウキを待つ気は無いようで、ハトバは握ったままのハンカチをアオバに差しだした。
「あの、とりあえずこれ、使ってください。
眼鏡くらいは拭いた方が。」
「えっ、ああ、確かに見えづらいですね。
有難うございます。」
ハトバから受け取ったハンカチで眼鏡を拭き終わると、タイミングよく後ろのエレベーターのドアが開き、前からはヨウキがタオルを持って戻ってきた。
「アオバさん、ハンカチもらいますね。」
「えっ?」
「メガネを拭いたくらいじゃ、たいして汚れませんから。」
眼鏡をかけ直したアオバの手からハンカチを抜き取ったハトバは、「ボクもヨウキさんにタオル借りた方がいいと思います。」と言いつつ、立ち去ろうとしたのだが、
「ハトバ、ちょっと待って。」
何故かヨウキに止められた。
「ハトバ、ハード機器製造チームの部屋からドライヤーを借りてきてくれ。
あそこの連中、生活用品結構持ち込んでるからあるはずだ。」
「えっ!?」
個性ある人間が多いこのオフィス内でもハード機器製造チームメンバーは一風変わった人間の集まりであるということは、オフィス内では有名な話で。
一度も関わったことの無いハトバにとっては未知の存在だ。
噂によると近づくだけで何かの実験に巻き込まれるらしい。
本音を言うと、怖いし、何をされるか分からないところになど行きたくない。
無理です。と断れないハトバには、小さく「はい。」と返事をするしかなかった。
「悪い奴らじゃないから大丈夫、連絡しとくから。」
ハトバの顔色の変化に苦笑しながらも、ヨウキはタオルをアオバの頭に被せてスマホを取り出した。
「黄雅?
頼みがあるんだけど、そっちの部屋にドライヤーってあるよな?
これからハトバが行くから、渡してくれるか?
はっ?代わりに予算か残業時間を増やせって?無理だけど?
逆ならできるよ。
ドライヤー貸せないとか言うなら、休み増やす。」
スマホの向こうで何か叫んでる声が聞こえるが、ヨウキは構わずハトバに「5Fの談話室にいるから持ってきて。」と告げた。
普通は休みが増えたら喜ぶのではと思いつつ一緒にエレベーターに乗ったハトバだけ途中の階で降り、背中越しに「頭抑えないでください」とヨウキへのアオバの抗議の声と共に閉まるエレベーターのドアの音を聞いた。
すりガラスの窓が続く廊下を進み、一番奥にある部屋のネームプレートを見た。
「ハード機器製造の部屋って、ここですよね。」
誰に言っている訳でもないが確認口調になるハトバ。
改めて、ドアの前に立ちノックをすると、中からキーンと金属を叩く音が聞こえた。
「や、?あの?」
何かが出てくるのかと構えてみたが、音がやんでも一向にドアが開く気配は無い、が、人の気配はする。
ハトバが恐る恐るドアを押すと、開けてすぐの場所に髭の生えた男性が立っていた。
「やあ、待ってたよ、ちょっとこのハード試してみない?」
「えっと、コウガさん?ですか?」
ドアの前に立っているならなぜ開けてくれないのかという疑問を飲み込み、名前を聞くと首を傾げられた。
「いや、違うけど?って、君誰?」
「えっと、ヨウキさんからドライヤーを預かってくるように言われて。」
ハトバが目の前の人物にしどろもどろに答えていると、「ドライヤー!?」と奥から叫ぶ声が響いた。
「その子はダメだ、ヨウキさんからドライヤーを渡すように言われてる。」
「ちょっとくらい実験台になってもらっても。」
実験台と聞いて体を固くしたハトバの目の前で、コウガはその男性を力任せに押し倒した。
「いや、予算か残業減らされると困るんだ。」
「えっなんだって!?そんな重要事項なのか!?彼にドライヤーを渡すことが?」
髭の生えた男性を足蹴にしたまま、ハトバの手にドライヤーを押し付けたコウガは、口元を引き攣らせながらも精一杯の愛想笑いを作っている。
「ほらこれ、ヨウキさんによろしく言っておいてくれ。
他の奴に摑まる前にさっさと持って行って。」
コウガの後ろには、何らかの機器を持った人たちがうろつきながらこちらを見ている。
「は、はい。分かりました。」
目の前のドアをコウガに閉められたハトバは、確かに変わってる人たちだったけど思ったより怖くなくてよかったと、受け取ったドライヤーを握りしめそそくさとハード機器製造チームの部屋を後にした。
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「ハトバ、おかえり。」
「ショールームの片付けの手伝い済んだんだ。」
受け取ったドライヤーを5Fの談話室まで持って行ったハトバは、企画室のグラスチームブースで待っていた茶菜と杏の声に
、ハード機器製造チームの騒然とした雰囲気や談話室の殺伐とした空気にすり減らされた神経が復活するようで、心底ホッとしていた。
「あ、はい。
機器の片付けだけだったのでたいしたことなくて。」
「じゃ、こっちに座って。
今朝マシロさんから公開された構築世界のメインユーザーになるプラチナプラスメンバーのリストを、アンズと見てたの。
どこに行こうかなって。」
2人が見ているディスプレイを一緒に覗き込んだハトバは、プラチナプラスユーザーの中にヒイロの名前を見つけた。
「ハトバは誰のとこに行きたい?」
「あー、実はですね、このヒイロさんのところに行くと約束してしまっていて。」
申し訳なさそうに頭を下げるハトバにチャナとアンズは目を見張った。
「約束って、このユーザーと?知り合いなの?」
「実は、はい。
まだ決まっていない時から断言していたので半信半疑だったんですが、本当にメインユーザーの中にいますね。」
んーっと困ったように口を結ぶハトバに、チャナとアンズはまた顔を見合わせた。
「無理強いされたの?嫌なら断ってあげようか?」
「いえ、チャナさん、とんでもないです。」
「このヒイロって、どんな人?」
アンズに聞かれ、ハトバはヒイロがどんな人物かをどう説明したものか、と、頭をひねった。
「そうですねー、うーん。
物事を自分中心に考えて、思いついたことを直ぐにやる行動力があってですね、タイプ的には自信過剰気味な「俺様」タイプ。
悪い人ではなくって、例えるなら、赤稀さんを子どもにしたような?」
「えっ?最悪じゃん。」
セツキの名前に、チャナは思いっきり嫌な顔をしている。
「あ、でも、何と言うか、すごく素直で単純なところもあって、我が強いわりに馬鹿正直。
情に深いところもあって、この辺も似てますかね。」
「そうなんだ、どちらかと言うとハトバとは正反対って感じね。
なのに友だちなんだ?」
「友だちと言うか、まあそんな感じかもしれないです。
なので、ボクはここに行きますが、チャナさんとアンズさんはどこに行くんですか?」
「私は、ゲームテスト中に使われていたサソリのイベントカードを使ってくれそうなユーザーのとこに行こうと思ってるんだけど、よく分からなくって。」
アンズが大きくため息をついた。
「そうよね。
分からないわよねー、プラチナプラスユーザーのことはヨウキさんに聞いてみようか?
でも、ヨウキさん忙しいから、今どこにいるとか分からないのよね。」
「ヨウキさんにですか?
ヨウキさんなら、、、」
反射的に先程ドライヤーを届けに談話室まで行った時のアオバの冷めた視線を平然と受けとめるヨウキを思い出し、ハトバは身震いがでた。
自分はアオバにそのような目で見られたことはないが、もしその視線を受けたら凍ってしまい1時間は動けないだろう。
「何でそこで震えるかなー?
何かやましいことでもあるのかな~?」
アオバが何故身震いしているのか見当もつかないチャナは、面白そうにアオバをつつきだした。
「いえ、ヨウキさんも忙しいし、どうかなと思って。」
「そうよね。
そうやって、ヨウキさんに絡みに行くのはもうそろそろ卒業した方がいいんじゃない?
チャナ。
それとも、まだあきらめて無いとか、そう言う気持ちあるの?」
困った子を見るようにアンズに問われ、チャナは頬を膨らませた。
「ヨウキさんは、私の理想なの~。
運命の人は別にいるから、その人に会ったらきっと、あれはただの憧れだったのね。
恋じゃなかったんだわ、って気がつくパターンってこと。」
「はいはい、恋じゃなかったということで、真面目にどこに行くか考えよ。
と言うか、ハトバがその、ヒイロって人のところに行くなら、私も行ってみようかな?
馬鹿正直なセツキさんみたいな子ども?
関わらない程度に見てみたい。」
「アンズとハトバが行くなら、私も行かない訳にはいかないじゃない。」
フンスと腕を組むチャナにハトバは思わず手を合わせた。
「アンズさんやチャナさんが来てくれるなら心強いです。
そうだ、それなら、サソリのイベントカードを構築世界に入れてくれるか聞いてみましょうか?」
「!ほんと?ハトバ!?」
はい。と頷くハトバに今度はアンズが両手を合わせて潤んだ瞳を向けている。
「聞くだけ聞いてみます。」
「じゃ、決まり、三人でここに申請出しておくね、他はいい?」
チャナがディスプレイに並んだプラチナプラスユーザーの名前の列を二人に見せると、アンズが首を横に振った。
「今、企画進めてるのもあるから、この1つだけでいいんじゃない?」
「そうですね、既存ゲームに入れるミニゲーム案。
これが通れば、お気に入りのキャラともっと遊べるようになれますし、絶対通したいです。」
「じゃ、この1つで申請出すね。
それじゃ、ゲームも企画も、両方とも全力で好きを詰め込みに行こう!」




