002 雨の日
プラチナプラスユーザーたちのID種類争奪戦の翌日、蒔白はカフェスタッフロボットから受け取った珈琲を片手に、オフィス5階のカフェルームの窓から公園を眺めていた。
小降りだった雨は、徐々に厚みを帯びていく雲と共に雨足を激しくしている。
昨日ディスプレイを設置して賑わっていたイベントスペースに、今日は雨を避けるための人たちが集まっている。
「どうしたの?浮かない顔してるよ。」
「昨日のID種類争奪戦は盛り上がっていたみたいなのに、何か気になることでも?」
「心彩、虹心。
浮かない顔って、そんな顔してた?」
「物憂げに雨に見入る美女、なんて、ありきたりなタイトルが浮かぶくらいには。」
1本1本がコーディングされているような艶やかなストレートの長い髪を揺らし、独特の耽美さを纏う虹心と心彩が、いつの間にかマシロのいる窓際に近づいてきていた。
身長差が20cm以上ある二人だが、小さなレースが重なり首元を覆う白いブラウスに、銀のボタン1つで前を留めるショート丈の黒いジャケットを羽織り、幅広いウェスト部分の左右に細い紐が編み込まれリボンが結ばれているハイウェストスカートという、ほとんどお揃いのゴシックコーデを着こなしている。
ただ、ココアはマーメイド型、ニコはフレアレース型のハイウェストスカートと言うところが異なってはいる。
二人が同時に、顎の下から首元に手の甲をあて柔らかな所作で肩から背にかけて髪を流すと、深緑色にも見える黒髪が二人の背を再び覆い、その瞬間、周りから少なくないため息が漏れた。
周りに感嘆が広がる中、マシロだけはおかしそうに笑みを漏らした。
「ふ、ふふっ、物憂げにって。」
窓際にもたれていた体を離そうとしたマシロを両側から挟んだ二人は、マシロの頬に白い手を添えた。
「マシロが珍しくぼーっとしてたから、何か気になることであるのかなって?」
「こんなマシロをあの男がほっとくなんて、それも珍しいと思うわ。」
何かを見透かそうとでもするかのように顔を覗き込む二人に困ったマシロは、移動を促すそうと、左右の頬に手を添えられたまま近くのテーブルに視線を向けた。
「あら、窓辺にたたずむ美女を挟んでのおしゃべりも良かったのだけど。」
マシロの視線に気がついたココアがカフェルームを見回すと、疎らにテーブルについているスタッフたちが、グッと親指を立てていた。
「ほら。」
「でも、まだオーダーして無いでしょ、2人とも。」
「じゃ、今日はこっちのテーブルがいいわ。
黒マジシャンのコーデをアップデートしたから。」
トットットッ
厚底の黒いパンプスを履いているとは思えないほどの軽い足取りで、ニコが陣取ったのは、窓際とは反対の談話室に近いテーブル。
「そうだ、ココア。
さっき言っていた、あの男こと、タクトなら今日は用事があってお休み。」
「あら、そうなの?
だからアンテナが機能して無いのね。」
苦笑したマシロが持っていたカップをテーブルに置くと、テーブル中央に10cm程の高さの黒いシルクハットと、短めのマントを羽織った女性マジシャンキャラが現れた。
「ロイヤルミルクティー、ホットで2つね。」
ニコがオーダーを頼むと、「承りました、ご注文の品が届くまで私のマジックショーをご覧ください。」とマジシャンはシルクハットから光の華を散らし始めた。
「やっぱり、このマントの翻り方が、でも、、」
「そう言えば、今朝、昨日の結果をオフィス内に公開したけど、2人はどのユーザーの構築世界に行くか決めた?」
そう聞かれたニコとココアは顔を見合わせ、腑に落ちない表情をマシロに向けた。
「ええ、ここに来る前に申請はしたんだけど。
構築世界の数が想定より少ないのが気になったわ。」
「私も申請済み。
ココアが言うように想定数を下回ってるのは何故?」
スマホを取り出したマシロは、若干顔を曇らせ、スクロールし始めた。
「そう、ユーザーの構築世界数が想定より少なかったの。
だから、タイミングが悪かったかなーって、ちょっと反省を。」
「「タイミング?」」
「あ、これね、なるほど、ココアとニコは、スタッフ用のモブID9種類、と、監視スタッフIDも。
申請確認したわ。」
2人の申請履歴を見つけたマシロは、それぞれの申請の一時承認をタップして、スマホを置いた。
「他スタッフの申請と調整して、結果報告するね。」
置いたスマホのかわりに、コーヒーカップに手を伸ばしたマシロは小さく息を吐いた。
「昨日のタイムスケジュールは概ね予定通りで、ショウキさんのネタバレのタイミングも予定通りだったんだけど。」
「けど?」
「最初に金色を撃ち落としたユーザーが、ヒイロだったの。」
「「ああ、あの?」」
ココアとニコの声は揃ったが、ココアの目は弧を描き、ニコの目を水平に細められている。
「ヒイロって、マシロに彼氏ができたって聞いたとたん、ここを辞めた子。」
「そうそう、辞めたと思ったら1年でプラチナプラスユーザーまで上り詰めてきた子。
たしか、最初は碧葉と鳩羽と一緒だったのよね。」
「ココア、瞳が別の意味で煌めいてるみたいよ。
話を戻すと、構築世界の数だけど。
ヒイロが1番初めに金の星を撃ち落とした後は、他ユーザーが皆サブプレイヤーの銀の星を狙いだして。
銀の星争奪戦が4分間も続いたの。」
「それって、制限時間5分だったはずよね。」
「そう、銀の星を入手したユーザーから、次に、金の星、他の7色の星を狙って、それが残り1分間。
5分間で撃ち落とされた金色は、100を若干超えたくらいで、想定の半分。
金色の星の数で銀色の星の数がコントロールされるから、構築世界に対して銀の星が容量オーバーすることはないんだけど。」
困って肩をすくめるマシロとは逆に妖し気に目を細めたココアは、こらえきれず笑みを漏らしている。
「ふふふ、タクトったら人気あるじゃない。
ヒイロはタクトより年下だけど、2人の年下彼氏とか、マシロはどうなの?」
「無いわね。」
ズバッと即答で断言するマシロ。
「マシロは、俺についてこいタイプの人とは合わない気がする。」
断言したマシロにニコと黒いマントのマジシャンが頷くと、アームの音がテーブルに近づいて来た。
「ありがと。」
運んできたロイヤルミルクティーをテーブルに置いたカフェスタッフロボットに、ニコが小さく手を振ると、カフェスタッフロボットも半円の弧を描いた目で手のかわりのアームを振り返す。
「ここのスタッフたちも日増しに愛想よくなるわね。」
ココアがテーブルに置かれたロイヤルミルクティーに手を伸ばすと、カフェの入り口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「濡れっぱなしじゃないか。
ほら、タオル、ちゃんと拭かないと。」
「多少濡れても大丈夫です。」
紫稀と、片側の肩と髪から水を滴らせた碧葉を追いかけて、葉稀がカフェルームに入ってきたところだった。
「何だったら着替えも持ってくるから、そこの談話室で待ってて。」
「あら、あら。
葉稀がせっかくタオルで拭いてくれてるのに。
アオバったら振り払ったりして、親不孝じゃない?」
「ココアさん、お疲れ様です。」
軽く会釈してココアの横を通り過ぎるアオバの後ろから、先程振り払われたタオルを被せ直したヨウキ。
「ココア、聞こえてるぞ。
誰がお母さんだ。」
タオルごと頭を抑えられその手を振りほどけないアオバは、「前が見えません、邪魔です。」と言葉の抵抗を試みるが、ヨウキは離さない。
「俺が傘を持ってなかったから、アオバの傘に入れてもらう必要も無くて、濡れなかったのに、すまん。」
「紫稀さん、そんなことないです。
俺は本当に平気なんで、気にしないでください。
ただでさえ昨日こと気にしていて、さっきなんか水たまりに足、突っ込んで、、、。」
気にしないでくださいと懇願しても、自分の濡れた肩を申し訳なさそうに見るシキに、アオバは口を閉じるしかない。
「水たまりにって、シキ、どうしたんだ?」
シキの足元を見ると靴が濡れてはいるが、中まで浸透している様子はではない。
「・・・話しかけないでくれますか?」
シキに近づくヨウキを遮ったアオバは、いつもの冷たい視線を向ける訳でもなく、ただ無表情に距離を取った。
「あら?あらら?何かいつもと違うわ。」
ココアの瞳が煌めき見せる。
「ヨウキは何をやらかしたのかしら。」
ニコはコテンと首を傾げる。
「そういえば、ここの談話室って、以前は天井側に隙間があって厚みのあるパーテーションだけで仕切られてたじゃない。
今はもう天井から床まで防音効果のあるパーテーションに変えられているでしょう?」
「そういえば、そうね。
防音効果が高くなってる。」
「さっき、ヨウキなんて言ってたかしら。」
「着替えも持ってくるから、そこの談話室で待ってて。」
ニコがヨウキの声色を真似ると、あまりの上手さに周りのスタッフから驚きの声が上がった。
「うわ、見てなかったら、ヨウキさんが二人いるかと思えるほどの品質の高さだ。」
「さすが、ニコさん。」
俄かに騒がしくなったカフェルームで、さらにココアの瞳に煌めきが射す。
「それって、談話室に連れ込むってことよね?」
「連れ込む訳ないだろ。」
ココアの真っ直ぐな視線に、呆れた視線を返して即答するヨウキ。
その直後には、タオル越しのアオバの耳元に口を寄せていた。
「アオバ、頼むからシキが水たまりに足を突っ込んだ理由教えてくれないか?」
「・・・シキさん、ちょっとヨウキさんと話してきます。
暖かいもの飲んで体が温まったら先に行っててください。」
諦めたのかヨウキに被せられたタオルで頭を拭き始めたアオバ。
「わかった、先にシステム室に戻ってる。
ヨウキ、あんまりアオバを困らせないでくれ。」
「マシロ、昨日は金色の星の数以外にも想定外のことがあったみたいね。」
「そうみたい。」




