001 オープニング
「事前申し込みからの当選プラチナプラス会員ユーザー全員が招待ルームで待機中です。」
「了解。」
碧葉からの報告に、システム室のディスプレイ前に座る紫稀は黒縁メガネを覆う不揃いに長い前髪を片手で上に流した。
「通信速度、良好。
サーバー負荷、20%。
約300秒後のアクセス集中時のサーバー負荷予定率は60~70%の予想値。」
ディスプレイ上に流れる波形と表示される値に安心したのだろう、フッと吐かれたシキの息使いが聞こえ、アオバはイヤーカップに手を添えた。
「想定範囲内だ。」
続いて聞こえてきたシキの声にアオバも安堵する。
「了解です。」
本日、次期ゲームの体験版リリース前の限定ユーザー公開版に参加するユーザーたちの参加ID種類争奪戦が行われる。
アオバのいるオフィス1階のショールームがその舞台となるため、主要なオフィスメンバーたちが揃い、慌ただしい雰囲気を醸し出していた。
「公開ステージ円台スキャン率100%、このまま終了まで維持します。
中央の青稀さん、蒔白さん、葉稀さんの解像度、良好です。」
奥で、コントロール盤を操作している碧葉はヘッドセットのマイクを口元に寄せ、同じくヘッドセットを付けて円台中央に立つ青稀、葉稀、蒔白に向かって声をかける。
「公開時間5分前です。」
休日は人の疎らなオフィス街だが、本日はその一角にあるショールームの前に人だかりができている。
道路に面した壁がガラス張りになっているそのショールームの中は、外の明るさとは逆に夜のような暗さで見づらく、前に並ぶ人たちの顔の方が鮮明に映っている。
最前列から目を凝らしても、ショールーム中央にある高さの無い円台にヘッドセットを付けた三人の男女が立っているのが朧気に分かる程度だ。
「あの中央に立ってる三人、ショウキさんとヨウキさんと、マシロさんだよな。」
「あと、さ、3分で始まる。」
「いいよな~。
体験版リリース前の限定ユーザー公開版プレイができる権利。
俺も欲しい。」
「無理無理無理って。
まず、プラチナプラスに登録するのが難しいんだから。
一般会員登録1年以上はいいとしても、プレイ成績の高さはもちろん、サイエンス知識も必要だし。」
「そうそう、そんな中でもこの限定ユーザー公開版は抽選なんだから。
ある意味、バグ出し大好きユーザーへの挑戦とも取れる企画、一般ユーザーには手が出せないわ。」
「私はこのショールーム前の閲覧スペースに入れるだけましだと思う!
ほら、フリーで入れる公園の方に設置されたディスプレイの前、めっちゃ人がいてすでに入場制限かかってる。」
「このオープニング、リアル配信されているとはいえ、ここまで足を運ぶ人も多いよね。」
そんな、外の賑やかさとは反対に、ショールームの中は静まり返っていた。
5本の指を広げて右手を挙げるアオバと同時に、ショールーム内を映す内部、外部、待機ユーザーのディスプレイにカウントダウンの数値が点滅する。
「カウントダウンいきます。
5、4、3、2、、。」
円台の周りに乳白色の光に包まれたアバター姿のユーザーが次々と浮遊しだすと、ショールーム前や外部ディスプレイ前のユーザーたちから一斉に歓声が上がった。
夜の暗闇に浮かぶその姿に加えて、七色の光を放つ小さなトルネードがショールーム内を駆けながらさらに小さな星をまき散らし出す。
視覚的に30cmから50cm程度のアバター数千人が円台中央の三人の周りを自由自在に駆け巡り、あらゆる角度から声をかけ始めた。
「ショウキさん、限定公開版リリース有難うございます!」
「マシロさん!お久しぶりです!」
「ヨウキさん、髪伸びたんじゃないですか?」
「こんにちは!待ってました。」
「こんにちは」「お久しぶりです」「相変わらずのうつくしさ!」「お元気でしたか」
実際には物理範囲のあるショールームだが、ユーザーたちは無限の広さを飛び回っている。
「ハハハ、皆詳細分かってるみたいだし儀礼的な挨拶は省略で良いかな?」
やまない声にショウキは苦笑する。
「だめですよ!社長!」
「いやいや、はじまらないっすから。」
「いいですよ~、挨拶じゃなくてなんかネタ話してください。」
軽い賛否両論と笑い声に「それじゃ」とショウキは両手を振った。
「みんな抽選応募ありがとう、今回残念ながら落選した皆にも後日限定配信を行うので楽しみしていてくれ。
あと、ゲームの主人公のAIキャラについてのネタバレをしよう。」
「えっ?もうキャライメージ公開されていますよね?」
「何か変わるの?」
「ショウキさん、咳払いしてないで早く教えて。」
「実は、体験版の1つで、半分AI、半分リアルな主人公として、うちのスタッフが中身を担当することになった。」
会場内外が騒然となり、誰だと憶測の声が飛び交った。
浮遊していたプラチナプラスユーザーのアバターたちが「もしかしてヨウキさん?」と、ヨウキの近くに集まった。
ヨウキが「違うよ」と手を横に振ると、ショールーム内外から黄色い叫び声が上がり別の意味での騒がしさが増した。
「マシロさん?」「ニコさんだったら嬉しい!」「名前のない幻のプログラマーとかですか?」と憶測が飛ぶ。
「誰ですか!?」
周りに集まったユーザーたちの視線を一身に浴びるショウキ。
「はは、声を拾う限りでは、今一番多く予想されている名前、焚透であってるよ。」
会場内外は更に騒然となり、プラチナプラスユーザーアバターはショールーム内を駆け巡った。
「タクトさん?」
「ここにはいないんですか?」
「プラチナプラスユーザーの人たちがショールーム内を探してるみたい。」
「アバターはリアル世界では公開表示範囲しか見えないから、その中にはいないって。」
「ショールーム前の人たちも目を凝らしてるみたいだけど、奥の方にいるスタッフの顔は暗くて判別つかないらしい。」
公園のディスプレイ前では流れる情報を追うために、多くのユーザーがスマホをスクロールしている。
「残念ながら、今日はいないの。
ショウキさんがネタバレしたところで、これから行うID種類争奪戦の説明をします!」
マシロの声に、静止したアバターたちから「おー!」と歓声が響く。
「IDタイプは、1構築世界にメインプレイヤーが1人、サブプレイヤーが5人~10人。
それ以外はすべてモブIDです。
体験版の開催期間は、リアルで半年を想定。
ゲーム内では約1年で、これはリアル時間との差が2~3倍速になる時間があるためね。
基本ルールは先に配信で伝えた通り。
だけど体験期間中は、皆の報告により様々なアップデートをするので、ルール変更・追加もありえます。」
マシロは浮遊するアバターたちを見回し、円台に沿って歩き始めた。
「皆なら大丈夫よね?」
「もちろん!」
「それで問題を起こすようなユーザーはプラチナプラスを名乗れない!」
トルネードと星に囲まれるショールームの中で、声高に応えるアバターたち。
「プラチナプラスメンバーならルール変更があっても、バグがあっても、問題なく対応できるって信じてるよ。」
ヨウキの一声にまた黄色い声が飛び交った。
「ヨウキさんとマシロさんは参加しないんですか!?」
「タクトさん以外のスタッフは参加しないんですか?」
「ニコさんに参加して欲しいです。」
「ココアさんにぜひ参加打診を!」
「プログラマーの方は?
名前が一切明かされてませんが、アバターなら参加してもらえませんか?」
マシロに続いて円台に沿って歩いていたショウキが、笑みを浮かべて人差し指を揺らした。
「じゃ、ここでもう一つのネタばらしを。」
ショウキの声に、ショールーム内のアバターが一斉にフリーズした。
「オフィススタッフも各構築世界に数名参加する予定。
参加人数や名前の公表はしないけど、正体がわかったら声をかけてもらってもOKだよ。」
「わーーーー!!」
「えっ?うそ!うれしーー!」
「よっしゃー!」
静まり返っていたショールームは、さらに賑やかに騒然となり、アバターたちは自由に飛び、駆け、踊り出した。
「みんな喜んでいるとこ悪いけど、ここからが本題。
これから皆でシューティングを行ってもらいます!」
「えっ?」
アバターたちの驚きの視線がマシロに向けられた。
「みんなの周りに七色のトルネードがまき散らした小さな星がたくさんあるでしょう?
それが的です。」
マシロは前に差し出した手を広げ、その先に表れたボーガンを掴んだ。
「シューティングの道具はなんでもOK、銃でも、弓でも、連発できるものでもOKです。
こんな風に、」
マシロはボーガンを構えるとまわりに浮遊している白い星に向かって矢を放った。
「星にあてると、頭の上に星の色でIDの文字が表示されます。
星は幾つ打っても構わないけど、最後に打った星のIDで上書きされるから注意してね。
メインプレイヤーIDの色は金色。」
マシロの説明にアバターたちは金色の星を探し始める。
「一番スピードの速い星なので、希望者は頑張って撃ち落として!
ちなみにさっきショウキさんが言ってたタクトが参加するのは、一番早く金色を射抜いたユーザーの世界です。」
「えー!」「絶対1番に打つ!」「金色どこや!」「墜とす!」
「次に早いのがサブプレイヤーで銀色。
他はモブプレイヤーIDだけど、タイプが7つあるので希望する色の星を狙ってね。」
「じゃ、俺はこれで。」
ヨウキが親指と人差し指を開いて銃の形を作り、手の先を小さく引いて光を出し星を射抜いて見せた。
「おーー!」
「道具を使わない、シンプルさも様になってかっこいい。」
「ありがとう、こんな風に1つ星を打つと、IDの文字が頭につくけど、違う色の星を次に打つと。」
ヨウキはさらに赤い星を射抜いて見せた。
「ほら、頭の上のIDの文字の色が変わっただろう?
頭上のIDタイプは最後に打ち抜いた星で上書きされるけど、ゲーム参加時にタイプが選択できるようになるから、希望する色をどんどん打っていい。
ただし、金色と銀色を打ち抜いたユーザーは、メイン、サブユーザーとしてログインしていない世界にしかモブIDでログインできないからね。」
ヨウキのシューティングが終わるのを合図に、ユーザーたちの視界に入らないショールーム奥のコントロール盤の前にいるアオバは、
「約2分後にシューティングが始まります。」
とシキに報告を入れた。
「了解。
ユーザーシューティング開始から5分間のサーバー負荷予想率80%、想定内。
万が一ダウン時のセカンダリサーバーの稼働も問題ない。」
「了解です。
マシロさん、このまま予定通り進めてください。」
アオバの声にマシロが小さく頷づくと、円台上に制限時間を表す5:00の文字が光りはじめた。
「制限時間は5分。
もし1つも撃ち落とせなかったら、撃ち落とされた割合で一番少ないIDの色が1つだけ割り当てられるからって、ここにいるユーザーにこんな説明は不要ね。」
周りからは「それなら安心!」「撃ち落とせない奴はここにはいないって。」と笑い声が響く。
「これ以上説明するよりは、実際にやってみた方がいいと思うけど、みんな、始めていいかな?」
「異議なし!」
「もちろん!」
全員の同意の声を受け、マシロはボーガンを持った手を頭上に掲げた。
「スリー、ツー、ワン!GO!」
マシロの手からボーガンが発射されたのはアオバの報告からジャスト120秒後、制限時間表示は4:59に変わった。
ゆっくりと揺らいでいた星たちのスピードが増し、その星に向け一斉に光を放つアバターたち。
「うわっ!モブの色にあたった!次だ、次。」
「逃げるな、待てメイン」
星を追って四苦八苦するユーザーたちの中に、始まって数秒足らずで金色の星を射抜いたユーザーがいた。
「よし!予定通り。」
柊色さんか。
予想通りだと、アオバは丸めの黒縁眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「ええー!あの派手な火の鳥アバターは、ヒイロね。」
「うわっ、口からの一閃で撃ち落としやがった。
何、マシロさんに熱い視線送ってるんだ、むかつく!」
「クソッ、またヒイロに出し抜かれた。
だが今回のルールでは、サブでもメインを奪えるからな。
なんなら確率は低いがモブでも成り代わってのクリアチャンスもある。」
「そうだ!首を洗って待ってろよ!
タクトさんを奪って見せる!」
ヒイロと呼ばれたアバターは不思議そうに首を傾げている。
「待ってろと言われても、誰だっけ?」




