000 プロローグ 出会い
ダンッ
ダチョウの卵の2倍以上はある大きな卵の内側から聞こえるくぐもった響き。
1度目の響きで天辺にひびが入り、2度目の響きで広がったヒビが大きな割れ目を作り、3度目の響きでは卵の上半分の殻が跳ね飛ばされた。
黒いロングコートを羽織った男は、卵から顔を覗かせた青みを帯びた黒いドラゴンに凝視され、緩やかに弧を描いた目で笑みを返した。
視界を遮っていた卵の殻の天井を太い尻尾で跳ね飛ばすと、近づいてきていた男がほんの少し顔を逸らしてそれを躱すのが見えた。
殻を避けて揺れたばらつきのある前髪、適度に跳ねた髪はうなじにかかる程度の長さで、平凡な赤茶色。
薄いグレーの瞳の色は、思考が読みにくそうで掴みのどころの無さを感じる。
顎のラインは細く目鼻立ちは整ってはいるが、端麗と言う程でもなく、平凡と言えなくもない容姿。
目の前で立ち止まり、自分に人好きしそうな笑みを返してきた男の観察を割れた卵の中から続けた。
片手を腰に置く立ち姿は物腰柔らかく、品の良さを感じる。
近づいてくる、ただそれだけで膝裏より長めのコートの裾のさばき方に流麗さを感じたし、更に俺様でなければ気づかないだろう、いきなり飛び散った殻を俊敏に避ける動作には鋭利さもあった。
裾や袖、襟元やポケットの縁などに銀糸の刺繍が刺された上質な黒いコートを品よく着こなす姿は、まるで貴族のような身分の高さを感じさせる。
コートと同じ生地を使用した幅広いベルトが高いウェスト位置で引き締められ、180cm程度の高さの体躯は細身に見えるが、予想以上に鍛えられているだろう。
性格はまだ分からないが、聞き及ぶ限りの能力であれば問題ない。
「まあ、とりあえず合格だろう。」
青みを帯びた黒い小さなドラゴンは、見上げた男の姿をラピスラズリのように青く複雑な色の混ざる大きな瞳に映すと不敵な笑みを浮かべた。
「合格?何に?」
ドラゴンの瞳に映る男が前髪を無造作にかき上げて言葉を返す。
「俺様と、この弱肉強食の世界で旅することにだ。」
ドラゴンは大きな目を細めて、獰猛に笑った。
「弱肉強食の世界?そんな感じ?了解。」
怖がらせるつもりだったのに。
少しの動揺も見せずに軽く言葉を返してきた男の態度はドラゴンの笑みを訝し気な表情に変えた。
「ふん、生ぬるいデフォルト設定をテストするのとは訳が違うぞ。
コアユーザーの使い方を拝ませてやる。」
男は一つ頷くと、顎に手を当て腰をかがめて意気込むドラゴンを覗き込んだ。
「一応、体験版リリース前の限定ユーザー公開版でもR15設定なので、あまりやりすぎると規制が入るから気を付けて?」
「そんなことくらい知ってる!
まぁ、いい。
どうせお前は俺様には敵わないからな。
要するに、いくら主人公と言っても、俺様から見たらお前は弱い人間だということだ。」
卵から孵ったばかりの小さなドラゴン(と言っても頭の先から尻尾の先まで80cm以上はある)は、背筋を伸ばして立つと、両前足を割れた殻の上に置き、悠々と羽を広げて見せた。
そして、目の前の赤い髪の男に向かってフンッと得意気に鼻を鳴らす。
「お前のことは聞いてる。
名前は焚透、プログラマー兼テスター。
テスターとしては、オフィスの中で一番腕がいいらしいな。」
「?」
「誰に聞いたんだって顔したな。
もちろん、教えないけどな。」
得意気な顔を続けるドラゴンに、目の前の男はフッと力の抜けた笑みを溢して顔を俯かせると、口元を抑えて肩を小さく揺らしだした。
「なんだ?しょうもないガキを見る目を向けられた気がするぞ。
馬鹿にしてるのか?」
ドラゴンは鋭い睨みを投げたのだが、タクトがそれに動じる様子はない。
「はは、ごめん、馬鹿にしてないよ?」
「ぴゃっ?」
不意に伸ばされた手が自分の頭に添えられ、まったく予想だにしなかったことに情けない声をだして、しかも尻尾の先まで上げてしまったドラゴンは、頬を上気させた。
「なっ、なっ」
動揺するドラゴンの頭に添えられた手に、ほんの少しだけ力が込められる。
「それで、俺様?名前は俺が決めていいのかな?」
大きな目を更に見開き、ラピスラズリ色の瞳を揺らして、割れた卵の先に両手の爪をかけ身を乗り出す。
「名前だと?お前に決められるまでもない。
俺様の名前は、柊色だ!」
手を乗せられたままの頭を高く上げ、ドラゴンらしい太く先のとがった尻尾を振り回してダンッと鳴らす青みを帯びた光を放つ黒色の小さなドラゴン。
タクトは、崩れた殻の中に立つドラゴンの両脇に手を差し入れて、顔の前まで持ち上げた。
「柊色か、いい名だ。
改めまして、俺は焚透。
じゃあ、これからよろしく。」
「おう、いいぞ。
弱肉強食の世界だからな、弱いお前はせいぜい俺様に守られていろ。」




