表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】それでは、ひとつだけ頂戴いたします  作者: 楽歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/45

書籍化記念SS 好きだから、分けあう  マリエルside


「あれ? いないなあ」



 グレゴリーと遊ぼうと思って、廊下を走ってきたのに、部屋の中はしんとしていた。


 大きな窓から午後のおひさまが入って、机の上の書類をぴかっと照らしている。紙はきちんと重ねられていて、ペンもまっすぐ。いつもと同じ、まじめなお部屋。


 でも、グレゴリーだけ、いない。



「どこ行ったのかな?」


 きょろきょろ見まわす。棚のうしろ? カーテンのかげ? もしかして、かくれんぼ?


 そう思ったら、なんだか楽しくなってきた。



「そうだ、わたしが先に隠れちゃおう」


 机の下にもぐって、グレゴリーが帰ってきたら、びっくりさせるの。


 そう思ってしゃがみこんだ、そのとき――。



「あれ?」


 机の引き出しが、ほんの少しだけ開いている。グレゴリーは、いつもきっちり閉めるのに。


 気になって、そっとのぞいてみる。書類の白い紙の下に、ちがう色が見えた。やわらかい色、きらきらした表紙。



「あれ? もしかして……絵本?」


 胸が、どくん、とする。そっと、もっと開けてみる。



「マ、マリエル様?」


 うしろから、あわてた声がした。振り向くと、ドアのところに立っているグレゴリーが、目を丸くしている。


「グレゴリー、これなあに?」


 引き出しの中から一冊、両手でひっぱり出す。



「トトの絵本だ!」


 まるいほっぺのトトが、そこにいた。『トトのお約束』だ。グレゴリーも持っていたんだ。


 あれ? 引き出しにまだある。『トトのお菓子づくり』?、知らないお話だ! 更に奥を見ると『トトの家出』『トトの挑戦』!!


 わあ、こんなにいっぱい! 胸がどきどきしてきた。



「グレゴリー、これ読んで!」


 思わず声が大きくなる。


「い、いえ、それは……」


 えー、グレゴリー、めいわくそう。



「なんで? だめ?」


 『トトのお菓子づくり』の絵本をぎゅっと抱きしめて、見上げる。グレゴリーは、ちょっと困った顔をした。眉が少し下がって、目がゆれる。それから、小さく息をついた。


 まるで、しかたないなあ、って言うみたいに。



「……分かりました。ただし、約束です」


「なあに?」


 グレゴリーは、少しかがんで、ちゃんと目を合わせて言う。



「読むのは、この部屋の中だけです。外には持ち出しません。それから、クロエ様たちにも言いません。約束できますか」


 ちょっと長い。でも、大事なことを言っているお顔。



「うん!」


 元気よくうなずく。


 やったあ! 絵本を胸にぎゅうっとする。絵本の角が体あたって、少しいたいけど、うれしい。


 トトの絵本は、寝る前にお母さんが読んでくれた。お母さんはいつも、頁をめくりながら優しく笑っていた。でも、読んでくれたのは、いつも同じ『トトのお約束』だった。


 なのに、まだ、こんなにあるなんて。グレゴリーの引き出しは宝箱だ!


 お母さんが読んでくれたトトの絵本は、お母さんがとても大事にしているのを知っているから、「ちょうだい」って言ったことはない。


 だって、大事なものを、むりやりほしいって言うのは、いけないことだもの。


 でも、何回も何回も読んでもらったから、ほとんど覚えてるの。トトが泣くところも、笑うところも。



 グレゴリーが椅子に座って、『トトのお菓子づくり』を開く。


「では、読みますよ」



ーートトのお菓子作りーー

 狐さんが、ラベンダー畑の蜂蜜をおみやげに持ってきてくれました。


 ふたを開けると、花の香りがふわりと広がります。お母さんはうれしそうに言いました。



「せっかくだから、蜂蜜のお菓子を作りましょう。近所のみなさんにもおすそ分けしましょうね。もちろん、狐さんにも」


 狐さんは、実は大のお菓子好き。それは、みんなが知っている“ひみつ”でした。


 トトも、蜂蜜のお菓子が大好きです。


 お母さんとミミが粉をはかり、卵をわって、台所は大いそがし。トトは、かまどに火を入れる大事な役目です。


 そのとき、机の上の蜂蜜びんが目に入りました。とろりと光る金色が、まるで「おいで」と呼んでいるみたいです。



「こんなにたくさんあるんだもの。ちょっとくらい、いいよね」


 そっと指につけて、ぺろり。


「あまい……やっぱりラベンダーの蜂蜜は、ちがうなあ」


 もう一度。そして、もう一度。気づけば、びんの中身が思っていたより減っていました。



「……ねえ、これ、減ってない?」


 ミミの声に、トトはどきりとします。


「そ、そんなことないと思うけど」


 言いながら、背中に汗がにじみました。



「お母さん、見て……」


「あら? ふふ、トト?」


 やさしい声に、もうごまかせないと分かります。



「……ごめんなさい」


 トトはうつむきました。


「蜂蜜が好きすぎて……がまんできなかったんだ」


 お母さんは少しだけ考えてから、言いました。



「好きだからこそ、大事にしなくちゃいけないのよ」


 トトのお母さんはそう言って笑いました。


「どういうこと? ちょっとずつ味わえばいいってこと?」


 お母さんは微笑みました。


「それもあるけれど……そうね、“だれと食べるか”も、大事なの」


 トトは、お母さんが言っていることがあまり分かりませんでした。


 やがて、蜂蜜入りのクッキーが焼きあがります。あたたかな甘い香りが、家じゅうに広がりました。


 ミミの目がきらきらしています。本当は、ミミも蜂蜜が大好きです。お母さんがみんなに分けようと言ったのも、みんなが笑顔になるのを知っているからでした。


 トトは、静かに考えます。



「ぼくは、蜂蜜も好きだけど……みんなのことも好きなんだ。だから、大事にしなくちゃいけなかったんだ」


 クッキーは、袋に分けられ、きれいに包まれました。



「さあ、これはあなたたちの分」


 お母さんは、二人に五枚ずつ渡しました。


「お母さんは食べないの?」


「作っているうちに、匂いでおなかいっぱいになっちゃったわ。気にせずどうぞ」


 けれどトトは知っています。お母さんも、蜂蜜のお菓子が大好きなことを。


 トトは、ちょっと迷ってからそっとクッキーを差し出しました。お母さんとミミに二枚ずつ。



「ぼく、さっき蜂蜜をなめちゃったから。これはお母さんに。これはミミにあげる」


 残った一枚を見つめ、少しだけしょんぼりしました。でも、ちょっとずつよくかんで味わえばいいと、自分に言い聞かせました。


 お母さんとミミは、顔を見合わせて笑いました。



「わたし、こんなに食べたら太っちゃう。でも、せっかくだから1枚の半分もらうわね。ありがとう」


「お母さん、形がくずれたクッキーをさっき味見したのよ。だからミミと同じ1枚の半分だけもらうわ。トト、ありがとうね」


 二人はクッキーを半分こにして、口に入れます。


 トトの前には、三枚のクッキーが戻ってきました。トトは、二人がうれしそうに食べるのを見ながら、自分も一枚を口に入れました。


 さくり、と音がして、甘さが広がります。不思議なことに、さっきこっそりなめた蜂蜜よりも、ずっと甘くて、ずっとあたたかい味がしました。


 トトは、お母さんの言葉が少し分かった気がしました。好きなものは、ひとり占めしないで、だれかと分けあうと、もっと好きになるのだと。



 ぱたん、と本を閉じる音。お話はおしまい。私は拍手をする。


 グレゴリーは、にこっと笑っている。でも、なんだか、ほんのちょっとだけ、目がさみしそう。


「どうしたの? グレゴリー、悲しいお話じゃなかったよ?」


 トトは、ちゃんとごめんなさいしたし、はちみつも好きだけど、みんなのことも好きだから分けたんだよね? だから、悲しくない。



「ええ、そうですね」


 やさしい、いつもの声。


「じゃあ、もう一回読んで」


「いいですよ、喜んで。ですが……本当に、本当に内緒ですよ」


 “本当に”が二回。そんなに? 変なグレゴリー。



「うん! 大丈夫。任せて」


 にっこり笑う。でも、クロエ様“たち”って、だれだろう。“たち”ってことは、いっぱい。


 絵本が好きな人たちかな。それとも、トトを知ってる人?


 あ! 分かった!! グレゴリー、絵本取られちゃうって思ってるんだ。


 ちょっとだけ、けち。


 『好きだからこそ、大事にしなくちゃいけない』って、見つからないように隠すことじゃないのに。大人って難しく考えちゃうのね、きっと。


 教えてあげた方がいいかな?



「マリエル様、実は、もうすぐ新しいトトの絵本が出るそうです」


「え? 本当! それも読んでくれる?」


 グレゴリーは優しく頷く。


 けちって思ったのは、やっぱり、なしね。教えてあげるのも、また今度でいいかな。読んでもらえなくなったら困るもん。


 あっ! そうだ。いいこと思いついた。


 お父さんには言おう。そして、お誕生日に、トトの絵本、全部、買ってもらうの。みんなにも『読んでいいよ』って言うんだ。


 だって、『好きなものは、ひとり占めしないで、だれかと分けあうと、もっと好きになる』んだから。お母さんも一緒に読めて、嬉しいよね。




END



※明日で終わり「秘密の時間 sideマリエル」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ