書籍化記念SS 秘密の時間 sideマリエル
わたしはグレゴリーの部屋の扉を勢いよく開けた。
「グレゴリー来たわ!!」
「しー、マリエル様。お静かに願います」
「あ、そうだった」
あわてて口を手で押さえて、声を小さくする。こそこそ声で言った。
「今日は、『トトの挑戦』を読んでくれるのよね」
「はい、そうでしたね」
グレゴリーはくすっと笑う。
わたしはソファに座っているグレゴリーのとなりに、座った。今日は、トトがちゃんと最後までできるかの挑戦の本。わくわくして、胸がちょっとだけドキドキした。
◇
ーートトの挑戦ーー
嵐が来る、という知らせが村に広がりました。
空はどんより暗く、風はいつもより強く吹いています。村のみんなは、しばらく家にこもる準備をしていました。
ところが狐さんは、ぎっくり腰。
「いてて……薪を取りに行きたいんだがなあ」
暖炉に使う木の枝を取りに行けません。トトは、すぐに言いました。
「狐さんの代わりに、ぼくが行く! おうちの分も取ってくる」
でも、ミミが、ぴしっと言います。
「この前、どうなったか覚えてる?」
そう。トトは、森でちょっと迷子になったばかりです。トトは、むっとしました。
そのとき、お母さんが言いました。
「トト、ひとりではだめよ。ちゃんと準備をして、ミミと一緒に、お母さんが決めた場所まで、約束できる?」
トトは、ごくりとつばをのみました。
ちゃんと準備をして、約束を守る。ちょっとだけ自信がなくなりました。でも、ミミに、お兄ちゃんらしいところを見せるチャンスです。
トトはずっと、皆に『頼りになるお兄ちゃん』って、思われたかったのです。
「うん、約束する!」
森は、嵐の前だからか、いつもより暗く感じました。風がざわざわと鳴ります。まるで、『帰れ……帰れ……』と言っているみたいです。
ミミも、少し不安そうな顔をしています。トトは言いました。
「大丈夫。ぼく、お兄ちゃんだから。先に歩くよ」
いいところを見せたくて、少し胸を張ります。本当はとっても怖くて、きっと、ひとりだったら、泣いてしまっていたかもしれません。
やがて、お母さんが決めた場所に着きました。
二人で、落ちている木の枝を拾っていきます。枝は、雨がまだ降っていないので乾いていて、トトはほっとしました。そのとき。
「あれ? あそこに、たくさん落ちてる」
少し先に、枝が山のように積もっている場所が見えました。トトは近づきます。
「あ! トト、待って!」
――ぶん。
低い羽音が聞こえました。そこには、蜂の巣があったのです。
「ごめんね、蜂さん! 今日は蜂蜜を取りに来たんじゃないんだよ! だから追いかけないで!」
トトは必死で逃げます。
「トト! そこの草かげに!」
ミミの冷静な声。トトは地面をはうようにして、草むらに身をかくしました。しばらくして、羽音は遠ざかります。トトは、どきどきする胸を押さえながらミミの所へ戻りました。
蜂の巣の下には、まだたくさん枝があります。
あれを持って帰れたら、きっとみんな驚く。ついでに、蜂蜜もとれちゃうかも。トトはそう思いました。
その時ミミが不安そうな顔でトトの服を引っ張ります。トトは、お母さんとの約束を思い出しました。
“決めた場所まで”トトは、ぎゅっと手をにぎります。
「……今日は、ここまでにして帰ろうか。ミミ」
「それがいいね」
ミミは、ほっとした顔をしました。
「ぼく、お兄ちゃんだから。ミミの分も持つよ」
帰り道、そう言って、トトは自分の分と、ミミの分の枝を持ちました。
集めた枝はたくさんではありません。ミミの分をあわせてもトト一人で持てるだけ。少ないけれど、ちゃんと約束を守って集めた枝です。
家に帰ると、お母さんが待っていました。
「まあ、トト。泥だらけね」
「トトがね、私の分も持ってくれたの。それに、ちゃんとお母さんとの約束も守ったの」
ミミが言います。お母さんは、にっこり。
「まあ、さすがお兄ちゃんね」
トトの胸が、ぽっとあたたかくなりました。狐さんも笑います。
「今日は、ちゃんと帰ってきたな。トトのおかげで、あたたかく過ごせそうだ。ありがとう」
トトは顔を少し上げて胸を張りました。
「狐さん、いつでもぼくを頼っていいんだからね」
「はは、頼もしいな」
ミミが、こっそりお母さんに向かって肩をすくめているのが見えましたが、トトは怒りませんでした。だって、今日は、特別な日です。
たくさん欲張ることよりも、我慢して引き返すことのほうが、大切だと知った日。
約束を守ることが、お兄ちゃんの証なのだと知った日。
トトはとってもご機嫌でした。拾ってきた枝をぽんと入れた暖炉の火は、いつもより少しだけ、温かく感じました。
◇
コンコンコン。
その音に、わたしとグレゴリーは同時にビクッとした。
誰か来た! わたしはすぐに扉の方へ走った。うしろでグレゴリーがあわてて大切な本を落としそうになっているのが見えた。
だいじょうぶ。ここはわたしに任せて! わたしは急いで扉を押さえた。
「だれ?」
「あら、マリエルなの? グレゴリーに用事があるんだけど」
――いちばん来ちゃいけない人だ。絵本のことは、お母さんにばれてはいけない。グレゴリーとのお約束。絶対に守るわ。
「今ね、かくれんぼ中なの! だからグレゴリーはいないの!」
「あら、そうだったの。ふふ、見つかったら、私が呼んでいたって伝えてちょうだい」
「わかったわ」
扉に耳をぴたっとつける。コツ、コツ、コツ。足音がだんだん遠くなっていった。
よし……行った。
わたしは振り返ってグレゴリーを見る。グレゴリーもわたしを見る。
それから、二人で こっそり「やったね」という顔で笑った。
END
※5月5日、書籍発売 どうぞよろしくお願いいたします。




