チート、キタッァァァ……ぁ?
「はぁ……まだ吸い足りない気がする」
俺は夜風に乗りながら、その場を漂う。
すると、焚き火から少し離れた小さなテントの中から、低い声と荒い息遣いが漏れていた。
「ん?なんだ?」
好奇心と空腹に負けて、隙間からそっと中を覗いた。
そこには——
剣士のオッサンと斥候の男が、汗だくで裸で絡み合っていた。
「……はぁっ……我慢できねえ……」
「声を抑えろ、ばか……」
互いの体を貪るように抱き合い、激しく動いている。
『オエエエエエエッ!!』
俺は思わずテントの外まで飛び退いた。
しかし、すぐに苛立ちが爆発した。
『ふざけんなよおおお!』
もし俺がまだ人間の体だったら、あの極上美女に絶対に手を出す。
テントに忍び込んで、汗を拭うあの白い肌に触れて、胸の谷間に顔を埋めて、むっちりした太ももを掴んで——そんな妄想を何度もした。
今この瞬間も、彼女はすぐ隣のテントで裸で寝ているというのに!
なのにコイツらは!?
『あんなスタイル抜群の美女がすぐそこにいるってのに、男同士でガチ絡みだと!? ふざけんな! 手を出せる機会が目の前にあるくせに、なんでわざわざお前ら同士でやってんだよ!』
俺はむしゃくしゃした。
自分が蚊の体になってしまった今、手を出したくても出せない。血を吸うことすらままならないというのに、こいつらは人間の体で、しかも美女に手を出す権利を持っているのに、それを捨てて男同士で絡み合っている。
例えていうならば、前世の俺が、給料日前で金がなく、半額シールが張られたコッペパン一つと水道水で空腹を満たしている目の前で……
「これ不味いよな」
「口に合わねぇ、ってやつだろ?」
とげらげら笑いながら、一口しか齧っていないバーガーを、ごみ箱に捨てたクソガキどもを見た時と同じ気分だ。
この理不尽さが、俺の小さな胸を焼いた。
『俺が人間だったら……今すぐ彼女のテントに飛び込んで全力で……! なのにコイツらは……! 許せねえ!』
苛立ちのまま、俺は再びテントの中に滑り込み、二人が激しく動いている股間付近に狙いを定めた。
『天誅だ。後で股間を痒きまくるがいい!』
ブスッ。
『お前もだ!』
二人の男の血を吸う………
……吸った瞬間。
『………………………………まずっ!? うげええええ!』
口の中に広がったのは、苦くて渋くて、酒と汗と男の濃厚な臭いが混じり合った最悪の味だった。まるで腐ったビールを飲まされたようだ。
『血の質が悪すぎるだろ! 美女の甘くてクリーミーな血とは天と地だ! こんな不味い血を吸わせやがって……!』
俺は慌てて口器を抜き、テントの中を狂ったように飛び回った。
二人は俺のことなど気づきもせず、相変わらず熱い夜を続けている。
男同士のテントは、ただのトラウマと理不尽の塊だった。
俺は力なくテントの外へ逃げ出し、夜空の下で小さく羽を震わせながら呟いた。
『……吸血鬼が美女の血を求める気持ちがわかった気がする』
・
・
・
男二人のテントから逃げ出した直後、俺の小さな身体が急に熱くなった。
『うおっ……なんだこれ、体が熱い……! やっぱり、あいつらの血は毒なのか……血が……血が全身を駆け巡ってる……!?』
視界がチカチカと明滅し、頭の中に機械的な声が響いた。
『レベルアップしました!
現在のレベル:2
全ステータスが20%上昇します』
おおっ!? マジかよ!
血を吸っただけでレベルアップだとぉ!
しかも、ステータス20%アップ?
すげぇ、これもやっぱり、「転生特典」ってやつかっ!
俺は興奮しながらステータス画面を呼び出した。
【ステータス】
名前:イチロー(田中一郎)
種族:アカイエカ(オス)
レベル:2
HP:0.01
MP:0.01
体力:0.01
筋力:0.01
耐久:0.01
魔力:0.01
幸運:0.01
スピード:6
『……は? 20%アップって?上がってねぇじゃねえかっ! ………スピードだけが5から6になってるが……』
俺はガクッと羽を落とした。
普通の転生者なら大喜びするレベルアップなのに、蚊のスペックが低すぎてただの茶番。せめて魔力とかもう少し高ければ……と嘆いていると、さらに衝撃の通知が飛んできた。
『吸血スキルにより、吸血対象のスキルを取得しました』
『魔力操作』『属性魔法基礎』『筋力増強10%』『石の身体』『身体強化5%』 『敏捷10%』『隠密行動』『気配探知』『鑑定』
『スキルがこんなに!? チートキタァァァァ!! これで俺もようやく……!』
俺は喜びのあまりテントの周りを高速でクルクル飛び回った……がその直後……
『うわっ、なんだこれ……!? 頭が……頭がパンクしそう……!』
レベルアップの余韻に浸っていた頭の中に大量の情報が雪崩れ込んできた。
三人の記憶の断片が俺の意識に流れ込んでくる。
情報量が多すぎて、まるで濁流に飲み込まれた気分だ。
気持ち悪い。脳みそがぐちゃぐちゃに掻き回されるような、強烈な吐き気すら感じる。
『くそっ……不必要な情報は捨てろ……捨てろ……! 整理するんだ……!』
俺は必死に記憶の洪水をフィルタリングした。ゴミのような雑念や、くだらない日常は即座に削除。なんとかまともに扱える形にまとめる。
女冒険者の記憶が流れ込んでくる……。
『……は? 男二人に対する不満、多すぎだろお前!』
パーティーでの愚痴、剣士の粗暴さ、斥候の卑怯な視線、夜ごと繰り返される男同士の行為への苛立ち……。
彼女の不満は山のように積み重なっていた。表向きは笑顔で接しているが、心の中では相当鬱憤が溜まっているらしい。
そして——
一人でテントの中で、汗を拭いた後、火照った体を指で慰めている情景。白い肌が月明かりに照らされ、甘い吐息を漏らしながら……。
本来なら、鼻血必至の興奮必至の記憶だ。
なのに……。
『………………………………またかよ。』
何も感じない。
心臓は高鳴らない。下半身も熱くならない。
蚊の体は全く反応しない……、ただ客観的な映像としてその光景を再生しているだけだった。
『うわあああああ! やめてくれえええ! こんな極エロ自慰記憶を前にして、一切興奮しないとか……! やるせなさが増すだけじゃねえか! 俺が人間だったら今すぐ全力で……なのに、この蚊の体は無慈悲すぎる!女神様、せめてこの記憶だけでも楽しめるようにしてくれよぉぉぉ!』
絶望とやるせなさが胸に広がる中、それでも三人の記憶を整理していく。
そのおかげで、この世界の言語体系、社会構造、王国とギルドの関係、貨幣価値、物価、流通ルート、冒険者階級の常識……などなど……基本的な知識が一気に頭に入ってきた。
「はぁ……。まぁ、この世界のことが分かっただけでも、良しとするかぁ。」
◇
エルドリア大陸の中央に位置する「ヴァルヘイム王国」
その王都ロイヤルハート
それが、この森の近くにある街の名前らしい。
国王レオンハルト3世の居城「太陽の玉座」が、街の中心に堂々と聳え立ち、その尖塔は雲を突くほど高い。
城壁の外には広大な平原が広がり、豊穣の祝福を受けた小麦畑が黄金の波を打っている。
西方にはシルヴァニア森王国の大森林が青く霞み、北の鉄の山脈ではドワーフたちの集落のあるあたりから、熔鉱炉の煙が夜通し上がっている。南の砂漠は、香辛料と魔晶石を運んでくるキャラバンの一行が列をなしている。
経済流通の要所の街……それが王都ロイヤルハート。
朝の陽光が王都ロイヤルハートの白亜の城壁を金色に染め上げていた。
中央市場では、すでに活気が溢れ返っている。
焼きたての魔物肉を鉄板でジュージューと焼く音、魔法で冷やされた果実酒の甘い香り、露店商人が客呼び寄せる声が、喧噪となって空に溶けていく。
「ほらよ、今日獲れたばかりのオークの牙だ! レベル20相当の良品だぜ!」
筋骨隆々の冒険者が、血の跡がまだ残る巨大な牙をカウンターにドンと置く。
隣ではエルフの少女が、精霊魔法で花を咲かせながら花輪を売っていた。
彼女の耳の先が、朝日を受けて淡く輝いている。
視界の端で、浮遊する魔法灯がゆっくりと回転しながら商品を照らしている。
鍛冶屋の店先ではドワーフの親方が「強化魔法」をかけながら槌を振るい、火花が舞っていた。
金属が魔法の力で鳴く音は、まるで生き物が息づいているようだ。
大通りを外れ、冒険者街に入ると、空気が一変する。
酒場の扉が乱暴に開き、酔った戦士が大声で笑う。
ギルドの掲示板には血文字のような赤い紙が貼られていた。
《緊急依頼:黒霧の魔境より溢れ出る魔物討伐 推奨レベル35以上》
《古龍の目撃情報 報酬金三千金貨》
人々はレベルを上げ、スキルを磨き、強大な力を持つことを当然のように求めている。
農民は「農耕スキル」と「豊穣の祝福」を駆使して作物を育て、商人は「交渉スキル」で富を増やしていく。
英雄が魔王を討ち、冒険者が富と栄光を求め、魔法と剣が日常を彩る、まさにテンプレ通りで理想のファンタジー世界……
それが、彼女らの記憶から拾い上げた、この世界の一端だった。
レベルもスキルも魔法もある。もちろんドラゴンもいる。
夢にまで見たファンタジー世界への転生を喜ぶべきだ……蚊じゃなければな。
単なる思いt気で書き始めたので、基本的な設定と、道筋は決まってますが、他は全然の見切り発車です。
なので、更新も、不定期になりそうですが、気長に末永くお付き合いいただけたら幸いです。
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