転生したら蚊でした……
本日更新2話目です。
プロローグを読んでない方は、まずそちらから。
なんだ、この感じ?
暗闇から意識がゆっくり浮上してくる。体が妙に軽い。
いや、軽すぎる。自分の体重がほぼゼロなんじゃないかっていうレベルだ。
「ん……? 夢か?」
声を出そうとした瞬間――
ブゥゥゥゥン……
小さな羽音が、自分のすぐ近くで響いた。
……自分の羽音?
「……は?」
ゆっくり目を開ける……というか、開けたつもりになる。
視界が広すぎて酔いそうになる。複眼ってやつか、これ。
そこは見慣れない草むら……というか、草がジャングルみたいにデカい。
遠くで巨大な生き物の足が動いているのが見える。
「巨人の国かよ……?」
とにかく危険な生き物から離れようと体を動かした瞬間、……俺は浮いていた。
「……おい、飛んでるぞ俺?」
ふと、真下の水溜りに自分の姿が映った。
…………ウソだろ。
細長い黒い体。
冷たく光る複眼。
不気味に折れ曲がった六本の脚。
そして、苛立ったように震える羽。
そこに、田中一郎の面影はどこにもなかった。
「……俺、蚊になってる。」
数秒の沈黙の後、俺はようやく事態を理解した。
「あー、うん。夢じゃないとすれば……これはアレだな。お約束の、異世界転生ってヤツ?
『転生したら〜』シリーズだろ?最近ちょっと飽和気味だったけど……」
一瞬、テンションが上がった。
思えば、クソみたいな人生だった。
何の変哲もない家庭に生まれ、それほど不自由なく育ち、中学でイジメにあい、逃げるようにして遠くの高校に通い、就職して、サビ残上等のブラック企業で、働きアリのように働いて……
ラノベを読みながら、いつか俺も異世界に転生して……と妄想を抱いていた、ごく普通の人生……
「やった! 俺もついに勝ち組ルートきた——かと思ったら、なんで害虫ルートなんだよ!!」
マジかよ。
ドラゴンでもスライムでもいいのに、なんで蚊なんだ!
害虫…最弱…魔物でもないただの虫じゃねえか。
「……落ち着け、落ち着け。働きアリや働きバチじゃなかっただけマシだろ」
そう、転生して虫になってまで、働くなんて嫌だ。
ならまだ、蚊の方がマシ……マシか?
「落ち着け、落ち着け、俺。そう、転生ものなら、お約束のアレがあるはずだ。」
俺は念じた。
「ステータスオープン!」
視界の隅に、青白い半透明のウィンドウがポップアップした。
ヨシヨシ! これこれ!これだよ!
わかっているじゃないか、女神様!
……いや、女神様が転生させてくれたかどうかは知らないんだけどね?
でも、まぁ、女神様ってのはお約束だろ?
まだ希望は捨てちゃいけない。特典とかチートスキルとかあるはずだ!
そう思いながらステータスを見る。
【ステータス】
名前:イチロー(田中一郎)
種族:アカイエカ(オス)
レベル:1
HP:0.01
MP:0.01
体力:0.01
筋力:0.01
耐久:0.01
魔力:0.01
幸運:0.01
スピード:5
スキル:血を吸う Lv1
「……………………全部0.01って何だよ! 小数点以下かよ!!俺、今すぐ風で吹き飛ばされて死にそうじゃねえか!」
特にHP0.01はヤバすぎる。
一瞬何かが掠めただけでゲームオーバーになりかねない数値だ。
ただ一つ、スピードだけが堂々の「5」
「スピード5! 他のステータスの500倍じゃん! もしかして俺、スピードスター?」
あえてテンションを上げてみようとするが……、無理。
現実は厳しい。
500倍といっても、他の数値小数点以下だし、比較対象がないからわからないけど所詮5だしなぁ。
某古典ダンジョンRPGでも最低に近い数値。……もっとも、あのRPGのキャラクターのパラメータ上限は18か19だったから、まだ高い方なのかもしてれないが。
しかし、最近RPGなら、一桁の数値なんてNPCの雑魚にもいないんじゃないか?
そして、唯一のスキル。
「血を吸う」
…………。
「これスキルって言えるか!?『血を吸う』って、蚊が血を吸うのはデフォルトだろ!」
俺は小さくため息をついた。
蚊の体でため息をつくと、羽がプルプル震えることを知った。
「はぁ……ドラゴンとまでは言わないが、せめて吸血鬼とか、狼男とかに転生したかったわ。大体、蚊って寿命短くない? 確かオスは……1〜2週間くらいじゃなかったか?」
さらに追い打ちをかけるように、前世の知識が蘇る。
そういえば、血を吸うのはメスだけだ。
「……え、ひょっとしてTS転生?」
一瞬、憧れの女体化!などと淡い期待が浮かんだが、すぐに自分の股の間(?)を確認して現実を突きつけられた。
「……やっぱオスじゃん。ってか、蚊の雌になったからって何かいいことあるのか?」
……うん、冷静になろう。
今の俺は蚊。ただの害虫……うんOK。
なにがOKなのかはわからないが、少しだけ冷静になる。
「しかし、本来血を吸わないオスだから、『血を吸う』スキルが与えられたのかよ。つまり、俺は血を吸える特別なオス蚊ってこと?」
…………全然嬉しくねえ。
………まったく、特別感がわいてこねぇ。
それでも、俺は小さく羽を震わせた。
・
・
・
まずは自分の能力を知らなければ話にならない。
ひとしきり我が身を嘆いた後、俺がようやく辿り着いた結論はそれだった。
これが夢でないとするなら、蚊である現実を受け入れて、なんとか生き延びる方法を模索するしかない。
俺は草の葉の上にちょこんと止まり、小さく羽を震わせながら、再びステータス画面を開いた。
「まぁ、ステータスは……もういいとして。蚊である俺が、どこまで何ができるか? だよな」
最初に試したのは飛行能力。
移動の基本は飛ぶことだ。スピード5という数値に一縷の期待を込めて、思い切り羽を羽ばたかせてみた。
ブゥゥゥンッ!
……おお、飛べる飛べる。結構速いじゃないか!
と思ったのも束の間、ちょっとした風が吹いた瞬間――
「うわっ!? 待て待て待て――!」
体が紙飛行機のようにくるくる回りながら吹き飛ばされ、近くの草の茎に激突した。
複眼がぐるぐる回る。
「スピード5って……比較対象がないと意味わかんねえな。ただ、風に吹き飛ばされたときのほうが明らかに速かったぞ……」
小さな体には突風に感じられたが、周囲の草の揺れ具合から察するに、人間から見ればただのそよ風程度。
つまり、俺の身体はそよ風にすら翻弄される貧弱仕様であり、スピード5という数値は「そよ風より遅い」ことを意味しているらしい。
さらに高度を試してみたが、かなり高く飛んだつもりでも、人間の頭の上あたりが限界だった。大体2メートルに届かない程度か。
蚊のスケールからすれば大冒険だが、人間から見れば「ただの蚊が少し高く飛んだ」程度の話である。
……うん、比べれば比べるほど、これは無理ゲー、いやクソゲーだな。
次に六本の脚を器用に使って歩いてみたが……
カクン、カクン、カクン。
「これ、めっちゃ不細工な歩き方だな……ってか、歩く意味ねえよな」
移動するなら飛べばいい。まともに歩けない体で歩く必要などない。
さらに複眼の視界に慣れようとあちこち見回してみた結果……。
「……気持ち悪い。情報処理量が多すぎる……二日酔いどころの話じゃねえ……」
一通り試した後、俺は小さく肩を落とした。
「はぁ……チート能力とか期待した俺がバカだった。全部0.01とか、蚊のステータスとしては妥当なのかもしれないけどさ……」
やるせない気持ちを噛み締めていると、突然、腹の辺りがキリキリと疼き始めた。
「……空腹?」
蚊の体で空腹を感じるなんて新鮮すぎる。
しかしすぐに理解した。これは吸血本能だ。
「血を吸う……か。蚊なんだから、当然っちゃ当然か」
周囲を見回す。
草むらに人間の気配はない。虫も少ない。遠くに小さなアリが歩いている程度だ。
……まあ、今の俺から見ればそのアリですら十分にデカい存在だけどな。
「アリじゃ吸えねえよ……そもそも刺せるのか?」
フラフラと低空飛行をしながら、血の匂いを探してさまよった。
何度も風に煽られて地面に叩きつけられながら、なんとか森の出口の方へと向かう。
そしてそこで――
俺は、人間を見つけた。
ご意見、ご感想等お待ちしております。
良ければブクマ、評価などしていただければ、モチベに繋がりますのでぜひお願いします。




